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Season企画小説
あるキャプテンの誕生日 (2012花井誕)
 高校2年生、17歳の誕生日。
 オレは、何とも言えねぇ複雑な気持ちで、阿部と向かい合っていた。

 別にさ、この年になって「ハッピーバースデイ」やって欲しい訳じゃねぇ。
 でも、せめて誕生日くらいは平穏無事に過ごしたい。つまり、「いい日」であって欲しい。そう願ったってバチは当たらねーんじゃねーだろうか。

 そもそも今日は、春の県大、3回戦。
 正直、ギリギリの試合だった。
 序盤に1点取られた後、なっかなか点が取れなくて……結局、9回の裏まで1−0でいっちまった。幸い、田島が2打点取ってくれて、そんで何とか勝てたけど……100点満点の試合じゃねーよな。
 学校に戻って、厳しいミーティングして、そんで打撃練習して解散。
 だからさ。着替えて部室を出ようとした時に、阿部に「相談がある」つって呼び止められたら――試合についてのコトだって思うだろ?

 オレだって打てなかったし。序盤に1点取られたのは、阿部の読み負けだ。
 その後はよく抑えたけど、ギリギリの試合だったしな。副キャプテンとして、色々話があるんだろうって思ったんだ。
 けど……。
「話ってなんだ?」
 2人っきりの部室。緊張してそう訊いたオレに、阿部は真剣な顔で言った。

「三橋が好き過ぎて、生きるのが辛い」

 一瞬、耳を疑った。

 だってさ、試合の後だぞ?
 まだ春体は続いてる。明日の試合で、次の対戦相手も決まる。
 そりゃ、次の試合にはまだ数日あるけど……えーと。
 ……野球の話をしませんか?


「なあ、花井。オレっておかしーんかな?」

 阿部がスゲー真剣な顔で、オレの制服のシャツをぐいっと掴んだ。
「三橋見てっと泣けてくんだけど、なあ、これって普通じゃねーよな?」
「あ、ああ、まあな……いいから放せ」
 オレは引きつった顔で応えながら、ちょっと必死になって、阿部の指を剥がそうとした。
 けど、逆に阿部は指先に力を込めて、ぐいぐいとオレに迫って来る。
 やめろ、顔近ぇ。迫って来んじゃねー!

「け、けどな? オレも、三橋や田島見てっと、たまに泣きそうになるぞ? あいつらバカだし……」
 ああ、ホントあいつらバカだし。緊張感ねーし。
 今日の試合中だってベンチで後輩巻き込んで、きゃっきゃうふふと、くすぐり合いっこしてたりして!
 ホント泣きそうだったぞ、点入んなくて胃をキリキリさせてんのはオレだけかよ、って!

 まあな、そんで胃の痛い思いしてるオレは打てなくて、緊張感のねー田島が2打点なんだから、責めらんねーんだけどさ。
 はあー、とため息をついたオレに、阿部が「ちっげーよ!」と言った。
 掴んだシャツを、ガクガクと揺さぶられる。
「ぐあっ、ヤメロって。阿部!」
 焦って手首を掴んだが、それで放してくれる阿部じゃなかった。

「ちげーんだ。感動するんだ!」

 バカさ加減に感動すんのかと思ったけど、そうじゃねーらしい。
「例えばさ、一面の雪景色。風に揺れる一面のススキ野原。朝日が顔を出す瞬間の朝焼け! ああいうの見て、自然に涙こぼれたりするだろう!? あれと一緒なんだ!」
 意味が分からねぇ。
 つか、阿部の口から、そんな抒情的な比喩が出て来たコトに、オレは今驚いてる。

「三橋見てるとさ、キレイでさ、泣けてくるんだよ! あの美しい筋肉の動き、あの美しい肢体、あの曇りのねぇ美しいまなざし、美しい笑顔! そして、あの努力を努力と思わねぇ、欲のねぇ美しい魂の輝き!」

 そんな演説をぶちかまし、阿部はぽいっとオレのシャツを放した。それから両手を胸に当て、抑えた声で言う。
「今日の試合もキレイだった……」
 今日の試合、と言われると。
「あー……、頑張ってた、な……?」
 ま、確かに、頑張ってはいた。味方の援護を心から信じて、「オレが抑えれば、後は皆が点を取ってくれる。だから勝てる」って。
 そういうとこ、スゲーよなって確かに思う。うん、あいつはオレらのエースだよ。
 ただ……キレイかというと……どうなんかな……。

 阿部は、オレの表情なんか目に入らねー様子で、まだ何か呟いてる。

「試合が終わるまで、あいつは勝負を捨てなかった。何回でも、何百球でも、投げ切るつもりでマウンドに立ってた! なあ、花井!」
 と、またシャツの襟元掴まれそうになったんで、とっさに両手でガードした。
 けど、そのガードした手首を、今度はガシッと掴まれる。
「てめっ、コラ……」
 抗議したけど、聞いちゃ貰えねぇ。つか、顔近いって、コラ!
「なあ、花井!」
 阿部が、もっかいオレの名を呼んだ。


「好きなんだ」


 そう、阿部が言った直後――。
 ドガシャン!
 部室の外で、音がした。
「あっ、待てよ! 三橋!」
 と、田島の声。

 え――三橋? 田島? ええっ?

「阿部! てめぇ、三橋泣かせんな!」
 部室の戸を開けて、田島が大声で叫んだ。
 阿部は「ひっ」と息を吸い込んで、靴を履くのももどかしく、ダッと外に駆けてった。
「三橋ぃぃぃぃ!」
 阿部の叫び声が、夜のプール下にこだまする。

 え、何? どゆこと!?

 訳も分からず呆然としてるオレに、今度はパシッとコンビニ袋が叩きつけられた。
 田島だ。
 真っ赤な顔で、えっ、怒ってんの? 泣いてんの?

「三橋がっ! お前の誕生日祝いてーっつーから、わざわざ戻って来てやったのにっ! 花井のバカ! 裏切り者! ヘンタイ! ホモ!」

 田島は、そんな人聞きの悪いセリフを大声でオレにぶつけ、「わーっ」と叫びながら逃げてった。
「……意味ワカンネー」
 いや、分かりたくないだけで、ホントは分かってる。誤解されたんだ、多分。
 オレが、阿部に「好きだ」と言われたって!

「誤解………はぁ〜」
 がっくりと畳にヒザを突き、深く深くため息をつく。
 落ちてたコンビニ袋を覗けば、1本20円のチョコバットが8本で160円。
 8本てことは8人分? オレと阿部以外の、同期から? プレゼント?

 いや………別にさ。この年になって、「ハッピーバースデイ」やって貰おうとか思ってねーし。
 つか、教室でもしやられたら、とか、考えるだけで恥ぃし、いーんだけどさ。
 プレゼントも、気持ちだけ貰えりゃいーんだけどさ。

 来年は! 来年の誕生日は!
 せめてイイ日であって欲しい! と――心から願わずにはいられなかった。

  (終)

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