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Season企画小説
守る背中 (2012巣山誕・社会人)
 ひとり暮らしのアパートに仕事から帰って、ネクタイを緩めてたら、インターホンが鳴った。
「はい」
 カメラのボタンを押すと、そこには同じくネクタイを締めた阿部。
 疲れたような笑顔を浮かべ、白い箱を掲げてる。
「どした?」
 部屋に入れてやると、阿部は「悪ぃな、突然」と珍しく謝って、ローテーブルの上に白い箱をトンと置いた。

 阿部んちとは偶然だけど近所で、たまにこうして互いの家を行き来する。まあ近所って言っても駅挟んで反対側だから、そんな頻繁に遊んだりはしないけど。
 でも、阿部と――同棲する三橋とにとって、オレみたいな事情知ってる人間が近くにいんのは、多分色々楽なんだろうと思う。

 冷蔵庫から缶ビールを2本取り出してテーブルに置くと、阿部は「サンキュ」と言って、白い箱を開け始めた。
「何だそれ、ケーキ?」
 ビールにケーキは合わねぇな、と苦笑してたら「誕生日だろ」って言われた。
「あー、そうか」
 すっかり忘れてた、自分の誕生日なんて。
「祝ってくれるヤツ、いねーの?」
「いたら、今ここにいねーだろ」
「それもそうか」
 ははは、と軽口を叩いてる阿部、顔は一応笑ってるけど、目が笑ってねぇ。

 そのケーキ、三橋にでも持って帰った方がいーんじゃねーかって、ちらっと思う。
 あいつらが付き合って何年になんのかとか、具体的な事は何も聞いてない。ただ、もう社会人だし、20代も後半になると、色々周りもうるさくなる。
 男同士で一緒にいるのも、色々難しい時期にきてんじゃないのか――なんて、これは勝手な想像だけど。
 でも、こうして作り笑いを浮かべる阿部を見ると、やっぱちょっと心配だった。

「三橋は、今日は? 遅いのか?」
 何気ないフリしてズバッと訊いてやったら、阿部が一瞬、眉をしかめた。
「さあ。何で?」
「何でって……」
 そりゃ、何かあったって言ってんのも同然だろ。
 内心ため息をつきながら、缶ビールをプシュッと開ける。
 先に缶を空けてた阿部は、ビールをぐいぐい呑んで、ぷはぁーっと大きく息を吐いた。

「……群馬だよ」

 ぽつりと、阿部が答えた。
「じーさんから呼び出しだ。多分、明後日まで帰らねぇ」
「へー、そうか」
 まあな、今日は金曜だし。週末に呼び出しなら土日は潰されるんだろう。
「何の用件で?」
「さーな。訊いてねーし、聞きたくねーし。せっつかれてんじゃねー?」
 いつ群馬に戻るのか、とか、いつ結婚するのか、とか……。
 阿部はそう言って、残りのビールを一息に呑み干した。空になったアルミ缶をグシャッと握りつぶして、うつむいてる。

 色々、難しい時期なんだろう。
 三橋は一人っ子だし、長男の長男だし。古い家だしな。
 阿部だって長男だし、やっぱ色々言われてるんじゃないか? 少なくとも、オレみたいな3人兄弟の真ん中に比べりゃ、気苦労も多そうだ。

「じゃあ、三橋いねーんなら、泊まってくか?」
 缶ビールをもう2本取り出して、1本を阿部に渡す。
「あ、コーヒーのが良かったか? ケーキ食おうぜ」
 けど、阿部は返事の代わりに、ビールのプルタブをプシュッと開けた。
 ……別にいいけどさ。
 ビールにケーキは合わねーだろ?

 黙って箱の中を覗く。
 阿部が買って来たのは、ピンク色のモンブランと、桜の砂糖漬けがちょこんと乗ったチョコケーキ。
 さては季節限定のヤツ、適当に買ったんだろ。大雑把なセレクトが、いかにも阿部らしくて笑える。チョコケーキはともかく、ピンクのモンブランって。どんな味か気になるじゃねーか。
「おー、どっち食っていい?」
 小皿とフォークを用意しながら訊いたら、阿部はまたビールの缶を握り潰して、「いらね」と言った。
「お前の誕生日だろ、お前が食えよ」
 だったら、何で2個買って来た?
「いや、2個食えねーよ」
「ビールにケーキは合わねぇもん」
 って。
 それはオレのセリフだよ。

 笑いながら湯を沸かしてると、ゴン! と鈍い音がした。
 振り向くと、阿部がローテーブルに突っ伏してる。
「酔ったんか?」
 一応訊いたら、「酔ってねーよ」って返事が来た。
 酔っぱらいは皆、そう言うよな。
 まあ、週末だし。三橋もいねーんなら泊まって行きゃいいし。
 寝るんならオレのだけでいいかと思って、カップ1個にインスタントコーヒーを用意する。
 さあ、どっちのケーキ食うか。と……でかいフォークを握った時、ケータイが鳴った。

 三橋からだ。

『あの、阿部くん、いる?』
「おー、潰れてんぞ」
 そう返事してやると、三橋はほっとしたように『そ、か』と言った。
 何度かけても電話が繋がらねーんで、心配したらしい。どうやら阿部、こいつ、ケータイの電源切っちまってるようだ。
 三橋がいねーんで拗ねてんのか? ガキだな。

 外からかけてんのか、電話の向こうが騒がしい。駅にでもいんのかな? それとも繁華街か?
「今、群馬なんだって?」
 オレがそう訊いたら、三橋はちょっと言葉を濁し、『阿部君、何か言って、た?』と訊いてきた。
 一瞬どう答えるか迷ったけど、当たり障りのねーコト、取り敢えず言っておく。
「あー、日曜まで帰らねーみてーなこと言ってたけど」
『そう……』

 難しい時期なんだろう。こればっかりは、オレらにはどうもできねぇ。
 できんのは、ただ話を聞いてやることと、黙って添ってやることだけだ。

『ごめん、ね。今、そっち向かってる、から』
 三橋はそう言って、電話を切った。
 てっきり群馬からかけて来てたんだと思ったら、違ってた。10分もしねー内に、インターホンが鳴ったんだ。
「はい」
 カメラのボタンを押すと、スーツ姿の三橋がコンビニ袋片手に立っている。
「早かったな」
 驚いて言うと、三橋は「う、うん」と曖昧に笑った。

 よく見ると、ネクタイをしてない。一度帰って、阿部がいないのにびっくりしたのか。
「これ、こんなので悪い、けど、お土産」
 そう言って差し出されたコンビニ袋の中には、ビール2本と、サラミやスルメ、ナッツなんかが入ってた。
 阿部には悪いが、こっちの方が貰って嬉しい。
「サンキュ。まだ時間いーなら、ケーキ食ってかね? 阿部がくれたんだ」
「阿部君……ケーキ……あ、誕生日」
 お、お、おめ……、とどもりながら祝ってくれた三橋に、コーヒーを入れてやる。

「うお、ピンク」
 三橋がモンブラン見て変な顔したので、「スゲーよな」とか言って笑って、ケーキ2個を半分こして食った。
 群馬がどうだったか、とかは訊かなかった。三橋も何も喋らなかった。
 ただ、阿部の寝顔を切なそうに見てんのが、気になったと言えば気になった。
 別に、詮索しようとは思ってねーんだ。話したい時に話してくれりゃ、聞くし。それまで近くにいてやるし。それでいい。

 1時間経っても、阿部はテーブルに突っ伏したままだったけど、三橋が「連れて帰る」っつーから、背負わすのを手伝ってやった。
「おい、大丈夫か? やっぱり置いてった方が……」
 潰されねーかと心配したオレに、三橋は眉を下げて苦笑した。
「オレだって、阿部くんくらい背負える、よ。阿部君は多分、いつも忘れがちなんだ、と思う、けど。オレの方が、力は強いんだ、よ」

 そう言って、三橋は軽々と阿部を背負い、しっかりとした足取りで帰ってった。

「ま、そりゃそうだな」
 その後ろ姿を見送りながら、オレは小声で呟いた。何か、ちょっと安心した。
 三橋は、エースだ。
 たった一人マウンドに立ち、打者に立ち向かえるエースだった。
 阿部が例え潰れても、あいつ1人背負って立ち上がるくらいできるんだ。阿部は……確かに、忘れがちなのかも知んねーけど。

 だったら大丈夫。きっとあいつら、大丈夫だ。例え目の前に強敵が立っても、力を合わせて打ち取ればいい。
 その間、オレは後ろで守っててやるから。
 それくらいなら、できるから。

  (終)

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