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小説 1−16
厄日の散米 (原作沿い高2)
 冷水でじゃかじゃかと研いだ米を、炊飯器にセットしようとしたところで、なぜかドッシャーと床にぶちまけてしまった。
 夕暮れの合宿所の調理室の床に、ドッシャーと広がる白い米。
 床は土足のコンクリだから、これ、もうどうしようもない感じ。
 何が起きたのか、さっぱり分かんない。なんで落としたのか、手が滑ったのか、なんでそうなったのかも分かんない。ただ、米をぶちまけてしまったのは事実で、どうしようもなかった。
「おい、どうかしたか?」
 向こうで野菜を切ってた阿部君が、調理台をぐるっと回り込んで近寄って来る。
「う、うん。落と、した」
「は?」
 意味分かんないって感じの声。でもオレも意味分かんないから、うまく説明できる気がしない。

 中身のすっかり減ったおかまを床に置き、ぶちまけた米をじゃりじゃりとかき寄せる。
 水もたっぷり落としちゃったから、床の上は水浸しの米まみれで、どうすればいいかも分かんなかった。
「うわ、何やってんだ」
 阿部君がビックリしたようにそう言って、「篠岡ー」ってマネジに助けを求める。
 オレはただ愚直に、じゃりじゃりと米をかき寄せた。

 やっちゃったなー、と思った。
 マジで今日はついてない。
 朝は靴紐ふんづけて転びそうになっちゃうし。転んではないけど「気を付けなさい」ってモモカンに怒られるし。阿部君にも睨まれるし。1年生には笑われた。
 朝練の後の朝食では、卵焼きに卵の殻が入っててじゃりっていっちゃうし。
 職員室の前を通りかかったら、英語の先生に手招きされて、この間の小テストの点数が悪かったって話をされた。
 間違えたとこを、ノートに10回ずつ書いて提出しなさい、って。オレが悪いんだし、いいんだけど、「お前な……」って阿部君に呆れられて、ズキーンと胸が痛んじゃった。
 しかも、ついでに担任の先生まで顔を出してきて、提出物出してないぞ、って言われるし。

「は? 提出物って、あれいつのだよ!? 前にお前んちで一緒に書いたよな?」
 阿部君にちょっと大きな声でなじられ、びくびくっと肩が跳ねちゃったのは仕方ないことだと思う。
 実際、阿部君の言う通り、ちゃんと書いたのに提出忘れるなんて、どうにかしてたとしか言いようがなかった。
 オレ、ダメだなぁと思う。
 いつもダメだけど、今日はマジでダメな日、だ。
 午後の紅白戦では打たれまくるし、空振りしまくるし、まったく調子が出なかった。
 頼れる先輩なとこ見せたいって思うのに、どうしてこんな時に限ってダメダメが重なるんだろう?
 こういう日のこと、何ていうんだっけ? 厄日? 弱り目に祟り目? 2度あることは3度ある?

 それでも何とか気分を持ち直して、嬉しい晩御飯のために気合入れて頑張ろうって思ったとこだったのに。
 気合は入ってた筈なのに。
 コンクリにしみ込んだ水が、どよんと暗いグレーを描く。
 白い米は無数にあちこち散らばってて、掃除機でもないと全部は無理そう。
 でも掃除機って、ちゃんと乾いてからの方がいいよね? よくない? じゃあ、乾くまでしばらく待つしかないのかな?
「ああー……」
 マジで気分がどん底まで沈む感じ。
 この落ちた米、どうすればいいんだろう? せめてキッチンの床とかなら、まだ、拾い集めて洗って洗ってどうにか食べれないかなって思わなくもないけど。でも土足のコンクリって、無理だよ、ね?

 やがて阿部君に呼ばれたマネジが、「どうしたの〜」って顔を見せた。
「おお、見てくれよ」
 呆れたような阿部君の声。呆れてる「ような」じゃなくて呆れてる声だ。一方の篠岡さんの声は、ちょっと呆れつつも笑ってる。
「うわぁ、派手にやっちゃったねー」
「だな」
 篠岡さんのセリフに、阿部君も苦笑しつつうなずいた。
 ガミガミ叱られるのはビクッとするけど、呆れたように「あーあ」って苦笑されるのは、それはそれで胸に刺さる。
 でもこぼしたのはオレだし、オレのミスだし、オレが悪いのは確かだから、文句の言いようもなかった。

「うーん、乾いてから箒で掃いちゃおうか。三橋君、置いといていいよ、先にご飯の支度しよう」
「う、ん」
 篠岡さんに優しくフォローされて、力なくうなずく。
「よし、米、継ぎ足して研いじゃいな」
 阿部君にも促され、のろのろと立ち上がる。そう、落ち込んでる場合じゃないし、みんなご飯待ってるし、今度は注意深くこぼさないよう、気を付けてチャレンジするしかない。
 継ぎ足した時の水の量も、「人差し指の関節1個分だよ」なんて、篠岡さんが測ってくれた。
 野菜を切るのは、阿部君が全部やってくれた。
「今日のお前に包丁使わせんの怖ぇ」
 って。

 今日はホントにツイてない。いつもは、こんなんじゃないんだよ? でも、今日はホントツイてない。全部オレが悪いんだけど、小さなミスが重なって、ドシャーッと床にこぼれた感じ。
 はあー、と自業自得の溜息をついてると、阿部君が野菜を切る手を休めて、「元気出せよ」ってフォローしてくれた。

「あれだ、米を撒いてさ、厄払いしたと思えばいいじゃん」

「ああ、豆とかお米とか、撒くっていうよね」
 篠岡さんもすかさずフォローしてくれて、そういう厄払いもあるんだって分かった。
 散米は、お墓や玄関や庭の隅に浄化の意味を込めて撒く風習。地方によって色々あるし、宗教によっても色々変わるみたいだけど、塩を撒くのと同じような意味合いがあるらしい。
 オレがやったみたいに、炊飯器の手前でドシャーッとやるのとは違う。オレのはこぼしただけ、落としただけ、不注意だっただけ。なんだけど。
「これで今日の厄は全部落ちたな」
 そんな言葉と共に阿部君がぽんと頭をなでてくれて、涙ぐむくらい嬉しかった。

 ただ――阿部君の手にはニンジンのニオイがしみついてて、ビミョーな気分になったのだけは、阿部君には内緒のことだった。

   (終)

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