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小説 1−16
カクテルフレンズ・4 (終)
 銀色のカップに氷がコロンと入れられたまま、三橋の手の上でくるくる回る。
 遠心力で落ちねぇんだって分かってはいても、やっぱスゲェし見てて楽しい。カップが回る一方で、ミドリの瓶が上に後ろにトントン跳ねる。
 ショータイムだけじゃなくて、こうしてカクテル1杯作んのにもフレアの技を披露すんのは、サービスを兼ねた練習でもあるらしい。
 ただまあ、三橋の場合、単純にフレアが好きなんだなってのが実情だ。
 家で適当にカクテル作ってくれる時だってやってるし、普通に料理作ってる時だって、しょうゆや料理酒がくるくる宙を舞ってたりする。
 この前の町内会の夏祭りなんか、かき氷の屋台でシロップ使ってフレアやったモンだから、子供らに大ウケだった。
 あの日の子供たちのヒーローが、今カウンターの向こうでオレのためにラブラブカクテルを作ってくれてるってのは、やっぱ嬉しい。

 銀色のカップには、ミドリの次にウォッカが入り、最後にドライベルモットが注がれた。
 使い終わった瓶が、ぽいぽいと無造作に叶に放られる様子は何度見ても圧巻だ。叶の方なんてちらっとも見てねぇようでいて、息ぴったりなのがちょっと妬ける。
 2つ重ねてた銀のカップが、チンと音を立てて上下に分かれ、口を合わせてシェイカーになった。
 オレによく見えるよう、横を向いてシェイカーを巧みに振る三橋。
 8の字を描く基本のシェイク。時々ぽんと放られるシェイカー。初めて見たときはギョッとしたけど、中身をぶちまけるなんて失敗はしねぇ。指が長くて意外とでかい手が、鮮やかにカクテルを作ってく。
 巣山がふっと笑うのが聞こえた。
「やっぱスゲーな」
 ぼそりと呟かれる本音の感想。
 聞こえてねぇのか、聞こえてねぇフリをしてんのか。返事の代わりにロングとショート、2つのカクテルグラスが、ことりとオレらの前に置かれた。

「ミドリスプモーニ、と、ミドリマティーニ、です」
 キレイな緑色のカクテルに、「へえ」と頬が緩む。緑色のショートカクテルって、グリーンアップルのとかミントリキュール使うのとか、種類も味わいも色々だけど、たまにはコレも悪くねぇ。
 メロンリキュールの甘さに、ドライベルモットがいい感じに辛みを加えて、癖になりそうに味わい深い。
「あー、うま……」
 ロンググラスに口をつけてる巣山も、ホントに美味そうだ。
 ミドリスプモーニにはグレープフルーツジュースが入ってっから、ジューシーさはあっちの方が上だろう。
「勿論、オレのも美味ぇぜ」
 カクテルグラスを軽く掲げて見せると、にへっと嬉しそうに三橋が笑った。

 そうしてる内に、ぽつぽつと客が増えて来た。
「いらっしゃいませ、お好きなお席にどうぞ」
 真面目な振りをした畠が、真面目な口調で接客を始める。照明を抑えた薄暗い店内、時々空調に揺れるキャンドル。三橋らの立つバーカウンターは眩い明りに照らされてて、大量に並んだ酒瓶が光を受けてキラキラ光る。
 すっかり通い慣れた店だけど、ここの雰囲気は何度見ても極上だ。
 「うわぁ」「いいね」って初めて来たっぽい客がこそっと歓声上げんの見るのも、気分いい。
 フロアをチラ見してにやにや笑ってると、横から軽くヒジ打ちされた。
 何かと思ったら巣山だ。
「お前、自分の店みてぇに自慢げだな」
「そうか?」
 鼻で軽く笑ったものの、そうかも、と思い直す。
 ここのオーナーはマスターだし、オレの店でも三橋の店でもねぇんだけど。すっかり思い入れができちまった時点で、「オレの店」っつっても過言じゃなかった。

 しめじとマイタケのディップをつけて、つまみのクラッカーを1枚かじる。
 「こ、このディップに合う、よっ、」っつってお勧めされた、辛口ワインのスプリッツァーは、確かに絶妙に辛めで美味い。巣山にも1枚渡すと、「おおっ」つって感動してた。
「このディップ、作り方知りてぇ……」
 なんてぼやくトコ見ると、相変わらず料理を趣味にしてるんだろう。そういう意味では、三橋と似た者同士かも知れねぇ。
 そんな巣山がつまみに頼んだのは、さっきうちで食ったフルーツの炭酸漬けだ。結構いい値段設定だけど、そこは気にしてねぇらしい。
「これ、美味ぇよなー」
 と、炭酸の浸みたマスカットをかじりながら呟いてんのを聞いて、三橋も嬉しそうに笑ってる。

 トントンとボトルを跳ね上げ、くるんと回して、華麗な仕草でオーダーに合わせてカクテルを作る三橋。
 まだ客は少ねぇから、それほど忙しそうじゃねぇ。時々オレらの話に入って来たりして、仕事をしつつも楽しんでる。
 ちょっと大きめの銀カップに、テキーラとミントリキュールを入れてっから、作ってんのは……何だろう?
「オーダー入るぞ。ファジーネーブル、マルガリータ」
「は、いっ」
 畠の言葉に返事しながら、後ろ手で回した瓶をキャッチする三橋。そのまま前に持って来ながら、くるんと瓶を逆向ける。
 さっきのとは別の銀のカップに、ジャッと注がれたのはテキーラだ。
 そのテキーラが叶の方に放られて、代わりにクレーム・ド・ペシェの瓶が飛んでくる。

 時々後ろの棚から酒瓶を取って、叶に投げ渡したりもしてるから、互いの引き受けたオーダーも互いに頭に入れてるんだろう。そのレシピも。
 普段はほにゃっとしてんのに、こういうとこスゲェ。知ってたけど、ああ、プロだ。
「どーよ、スゴくね?」
 にヤッと巣山に自慢すると、「おお、プロだな」ってうなずかれた。
 同じこと考えてんのが地味に嬉しい。オレの大事なスイートハニーのこと、正しく認めてくれてる気がする。
「お前、いいヤツだな!」
「今頃知ったのかよ」
 巣山の肩を軽く叩くと、同じく軽く叩かれた。互いに少し酒が入って、いい気分。いつもよりほんの少しフレンドリー。多分巣山もそうだろう。

 そんなオレらの目の前に、グラスが2つことんと置かれた。
「モッキンバード、です。お、オレから、2人に」
 ほんのり頬を染め、にへっと照れ笑いする三橋。「は?」と意味を問いたかったけど、オーダーのカクテルをまだ作ってる途中だし、仕事の邪魔はしたくねぇ。
「こりゃまた、キレーな緑色だな。お前が飲んでたやつとは違うんだ?」
 巣山は不思議そうに言って、差し出されたショートグラスに口をつけた。
 ミドリの色とはまた違う、爽やかなミントグリーン。引き寄せるだけでふわりとミントの香りが立って、さっぱりと飲めそう。
 カクテル言葉は何だっけ、とオレが思い出すより早く、後ろから肩をぽんと叩かれた。
 振り向くまでもなく、誰だか分かる。オレを客扱いしねぇフロア係の坊主頭、畠だ。

「モッキンバードのカクテル言葉は、『似た者同士』。息の合ってそうなお2人に、ピッタリかと思います」

「は? どこが?」
「は? 誰と?」
 思わず短くツッコミを入れると、巣山とセリフが重なった。
 パッと顔を見合わせるオレらの前で、「息ピッタリじゃん」と叶が笑う。
 そりゃあ今はそう見えるかも知れねーし、実際いいヤツだってのは知ってるけど、この寡黙なオシャレ料理男子と似てるとは思えねぇ。
 巣山の感想も同じだろう。
 オレらは互いに顔を見合わせて、「ねぇわー」と同時に首を振った。

   (終)

※2023阿部誕「freakin' birthday」に続く

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