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小説 1−16
カクテルフレンズ・2
 1年目や2年目の内は、残業だって滅多になかったし、休日出勤を頼まれることもなかった。そう考えてみると、毎週のように休日出勤させられてる今の状況ってのは、そんなに悪くはねぇんだろう。
 つまり、戦力の内に数えられてるっつーか。
 出勤しても邪魔にされねぇっつーか。ちょっとは役立ててるよな、って手応えも得られるようになってきて、それはそれで結構嬉しい。
 けど、だからって残業大歓迎って訳じゃねえし、休日出勤の日なんか特に、早く終わらせて帰りてぇ。
 オフィスの時計が4時を回ったのを見て、はー、と深いため息をつく。
 午後4時。今、三橋が家を出た。
 行ってきますのキスも、頑張って来いよのハグもねぇ土曜は、すげぇ空しい。バーカウンターに立つ三橋はオレだけの三橋じゃねぇから、余計に空しい。

「早く帰りてぇ……」
 思わず心の声を漏らすと、一緒に休日出勤してた先輩らが「それな」ってぼやきだした。
「大体、なんで課長が来てないんスか!?」
「いや、いたらいたで面倒だし……」
 1人が言い出すとみんなが口々にぼやきだす。
 ここ最近のくそったれな休日出勤に、先輩らみんな思うトコはあったみてーだ。それをもたらした諸悪の根源の課長はっつーと、昨日「法事で来れないけどよろしくね」って、ほぼ99%嘘に違いねぇ言い訳して帰ってった。
 不意打ちで連絡してやれば、簡単に繋がんのかも知れねーけど、みんなわざわざそんな不快な思いはしたくねぇだろう。

「ああー、もう嫌だー」
 イスにもたれて、女子の先輩が喚き出す。
「まあまあ、コーヒーでも飲んで来なよ」
 別の女子の先輩が、苦笑しながらそれをなだめる。
「コーヒーより甘いものが欲しいんですけどー」
「分かるー、脳細胞が糖分欲しがってるよね!」
 賑やかな女子社員らのお喋りに、オレも心の中で分かるー、って深く頷いた。まあ、オレが摂取してぇのは、マイスイートハニーカクテル・三橋廉な訳だけど。

「来週はおやつ持参だな」
 主任のぼそりとした呟きに、「えっ、来週も出勤前提っスか!?」とどよめきが起きる。
 はは、って虚ろに笑われたけど、笑えねぇ。
「主任んんー」
 みんなが唸り声を上げ、主任が「冗談だって」と力無く笑う。半開きにしてたオフィスのドアが、コンコンとノックされたのは、そんな時だった。
「はーい」
「おーう」
 みんなが適当な返事をする中、連られるように視線を向けると、ドアの側に立ってた男と目が合った。互いに「あっ」って声を上げたのは、知ってる顔だったからだ。巣山尚治、オレの同期で、高校時代からの知り合いだった。

 確か、埼玉の小せぇ営業所に行ってたんじゃなかったか? それが何で土曜にここに?
 不思議に思いつつ、「巣山」と声を掛けながら手を軽く上げ、立ち上がる。
「阿部、久し振り」
「何か用?」
 単刀直入にズバッと訊くと、「相変わらずだな」ってぼそっと言われた。何が相変わらずなのかさっぱりワカンネーけど、その辺はお互い様だろう。
 けど、オレが口を開く前に、主任が「おおー!」と声を上げた。
「キミが巣山君か! ようこそ!」

 ようこそ? と眉をしかめるオレに、巣山からずいっと差し出される差し入れ。
 この巣山こそが、前から噂されてた助っ人で。
 その辺のデパ地下で適当に買ってそうな洋菓子の詰め合わせは、糖分に飢えてた女子社員らに大歓迎で受け入れられた。

 巣山は顔出しだけのつもりだったみてーだが、さあさあと奥に座らされ、コーヒーを渡されて、なし崩しにちょっと手伝いまでやらされてた。
 オレと知り合いなのかを訊かれ、今までの配属先のことを訊かれ、合間合間にこっちの業務のことをしれっと混ぜて説明されて、「ちょっとどんなのか見とく?」ってパソコンの前に誘導される。
 せっかくの増員、絶対逃さねぇって気合が垣間見えてて、シンプルにスゲェ。そして怖ぇ。
 1番怖ぇのは、タイムカードを押させてねぇことだ。あくまで挨拶に来ただけの巣山。顔出ししただけの巣山。ついでにちょっとだけ仕事の話を聞かされる巣山。月曜から即戦力を期待されてそうな巣山。
 そして、潮時だろう頃合で、巣山と一緒に帰らされるオレ。
「阿部君も話したいことあるんじゃない?」
 って。
 それは、何か話しとけって意味なんだろうか? 意味深過ぎてワカンネー。
 けどまあ、早く帰りたかったのは事実だし、ありがたく席を立たせて貰った。

 差し入れの菓子を貰い忘れたと気付いたのは、うちの前に着いてからだった。
 三橋はいねーんだよなーと。甘い物大好きそうな恋人のことを思い出し、うわ、と気付いたけどもう遅い。
 もしかして、分け前のために早く帰らせたんじゃ……と、ちょっと疑念が湧いた。ちょっとだけ。

 ちなみに、ヴィラペッシェを初めて見た巣山の感想は、「な……っ!?」だった。
「『なっ』って何だよ、いーだろスイートホームって感じで。毎日見てりゃ慣れるモンなんだよ」
「いやまあ可愛いしイイ色だと思うけど、お前と組み合わせると視覚の暴力だな」
 視覚の暴力、ヒデェ言いようだ。けど実はオレもしみじみ思ってっから反論できねぇ。せめてこれがもうちょっと暗くてグレーがかってたら、まあ悪くねぇんじゃねーかと思うんだが、パステルピンクは何ヶ月経ってもパステルピンクのままだった。
 内装が普通なだけマシかも知れねぇ。
 巣山も、中に入れば「いいじゃん」と素直に誉めてた。
「まあ座れよ」
 ダイニングに巣山を招き入れ、冷蔵庫から三橋の作り置きのハーブティーを取り出す。こういう時、コーヒーでも入れてやるモンなのかも知れなかったけど、ここにオレ側の知り合いを招くことは滅多にねぇから、その辺のことはよく分かんなかった。

 招いてもねぇのに押し掛けて来んのは、三橋の関係者ばっかだ。主に叶とか畠とか叶とか。
 あいつらは放っといても、勝手に冷蔵庫を開けて勝手に何か飲む。たまに勝手に何か作り出すこともある。オレがそれを許容してんのは、三橋が嬉しそうだからに過ぎなかった。
「ラブラブ、自慢してるんだ、よっ」
 にへっと笑いながら言われたら、そりゃあ許容するしかねぇだろう。
 オレだって自慢だし。同様に、誰かに自慢したかった。

(続く)

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