小説 1−16
始まりの買い物 (大学生・同棲)
隣を歩いてたハズの恋人がいないと気付いたのは、茶碗コーナーを見付けた時だった。茶碗があったぞ、と声を掛けようとして振り向くと、誰もいなくて「あれ?」と思った。
「レン?」
だだっ広い店内、棚は低くて視界を遮る程じゃねぇけど、たくさんの色にあふれてるから埋没しやすい。
子供のかくれんぼには良さそう。
いや、かくれんぼしてる訳じゃねーんだけど。アイツどこ行った? しゃがみ込まれると余計に見つけにくそうだ。
「レーン?」
グラウンドにいるようなデカい声を、さすがに店内で張り上げることもできなくて、気持ち小声でレンを呼ぶ。
返事をしねぇってことは、また何かどうでもいいモノに集中しちまってるんだろうか。その集中力には惚れ惚れするけど、時々呆れる。
案の定、レンは箸コーナーで立ち止まり、何かをじっと眺めてた。
「こら、呼んでんだろ。何見てるんだ?」
コツンと軽く頭を小突くと、レンは今更のようにオレに気付いて、「ふわっ、うおっ」とデカい目をまたたかせた。
その手には、箸が握られてる。
「箸? ああ、箸もいるよな」
納得してうなずき、適当なものを物色する。レンと色違いのお揃いってのもいいけど、こういうのは好みもあるし、毎日使うモンだからそれぞれ好きなの選ぶのがいいのか。
つってもオレは特にこだわりねぇし、極端な話、毎日割り箸でも構わねぇくらいだ。
「で、お前は箸を握り締めて、何悩んでたんだ?」
手首を掴んでぐいっとソレを覗き込むと、その箸のパッケージにはなんでか紙製の定規が入ってて、「手に合ったサイズを選ぼう」って書かれてた。
箸のサイズなんて、今まで全く気にしたことなかった。こういうのって、男用と女用と子供用の3種類じゃねーの?
首をかしげながら「サイズ?」って訊くと、レンが困ったように「う、ん」と斜めにうなずいた。
「オレ、これだと16.5センチなんだ、けど」
紙の定規に合わせて親指を置き、人差し指とが90℃になるように開いて合わせる。親指と人差し指で作る直角三角形の、斜めの辺の長さが16.5センチ。オレの場合は18センチ。で、その長さを1.5倍したものが、自分に合った箸の長さになるらしい。
オレだと27センチで、ここにある中では結構デカいサイズになる。まあでも、男用の箸っつったら大体こんなモンだろう。
「えっ、と、オレ、16.5の1.5? 倍?」
首を傾げながら指を折るレンに、呆れつつも笑えた。目がぐるぐる回ってんのがすげー分かる。バカだなぁって思うけど、すげー可愛い。
もしかして、箸を選ぶのに迷ってたんじゃなくて、計算に迷ってたんだろうか?
まあ、ここには計算機もねーし計算用紙もねぇから、少数点×小数点の暗算は訳分かんなくなっても仕方ねぇ。
「16の1.5倍は24だろ? 0.5の1.5倍は0.75じゃん。それを足すと?」
「お、おおっ、にっ……に、と、24.75か! た、タカヤはスゴイなぁっ!」
答えを出すのに若干タイムラグがあったけど、まあ、いつものことだろう。スゴイってキラキラの目で率直に誉められると、やっぱ嬉しい。
コイツ、こういうとこ変わらないよなって思う。
けど、こんな風に曇りのねぇ目でリスペクトを向けるのは、オレだけにして欲しくもある。そんなことを思っちまうのは、惚れた弱みなんだろうか。
「あれ、でも、サイズない……」
ガーンと分かりやすくショックを受けてる様子も、可愛くて仕方ねぇ。
どれどれと箸コーナーを見ると、確かにレンの言う通り、24.75なんて中途半端なサイズの箸はなかった。
あるのは、18センチと20センチ、24センチと27センチ。それ以下は明らかにお子ちゃま用の可愛い箸で、それ以上だと菜箸だ。
せめて25センチのがあれば、まあ丁度よかったんじゃねーかと思うけど、それもねぇんだから諦めるしかなさそう。
「そんなサイズなんか気にすんなよ。いつもと同じのでいいじゃん」
大体これくらい、って思うのを手に取ると、それにはあ27センチって書いてあった。レンも多分、普段使ってるのはコレだろう。
「何色にする? 金ピカ? ラメ?」
どういう塗料を使ってんのか、照明を反射してキラキラ光る箸を手に取ると、レンが「ひょあっ」とか奇声を上げて、慌てたように首を振った。残念ながら金ピカもラメもお気には召さなかったらしい。
「オレは無難に焦げ茶のにしよーかな。お前は?」
「じゃあ、オレ、色違い、の」
サイズはもうどうでもいいらしい。まあそんなモンだよなと思うけど、ちょっと笑えた。
悩んでた割にあっさりと箸を選び終えれば、次は本命の茶碗選びだ。忘れずに菜箸も買い物カゴに入れて、ゆっくりと売り場を移動する。
「茶碗、でっかいのがいい」
とか。
「あんま大きいと丼になんじゃね?」
とか。他愛もないことを喋りながら、ゆっくり食器を選ぶのは楽しい。汁椀も丼も皿も、小鉢もフォークやスプーンも、改めて考えると買い揃えるモノは随分多くて、こりゃ結構大変だ。
でもその大変さも、新生活始めるんだなってしみじみ感じられて嬉しい。
付き合い始めて丸2年、2人して20歳を越えた、大学3年になる4月。両方の親を説得し終え、念願の2人暮らしがこれから始まる。
まだ引っ越しの段ボールも開けてねぇけど、そんなのは暮らしながらゆっくりでいい。
ベッドやテーブルなんかの家具に、各部屋の照明、布団にカーテン、それらを揃えるのがまた大変で、食器のことをまるっと忘れてたって気付いたのが昨日のことだ。
けどこうやって、2人であれこれ言いながら1つずつ揃えていくのも悪くねぇ。
「ふへへ」
レンが笑いながら、オレに軽くぶつかって来た。
「何?」
「楽しい、なって」
「そーだな」
ふっと笑いながら、オレもお返しに軽くぶつかる。互いに笑みがこぼれちまうのは、春だからだけじゃねぇだろう。
来年も再来年も、ずっと一緒に。こうして並んで笑いながら買い物できればいいなと思った。
(終)
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