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小説 1−16
ご褒美はどっち・後編
「忘れてた」
 と、告げられた言葉に正直がくっとなりかけた。
 買ったこと自体忘れてたんじゃねぇだろうか。いや、「何それ?」なんて言い出さねぇだけマシだと思うべきか。
「忘れんなよ。なんでこんなの買ったんだ?」
 オレの指摘に、「う、えっと」って言葉を濁し、視線を左右に揺らすレン。
 クーベルチュールってのは、オレも詳しい訳じゃねぇけど、製菓用に使われるチョコらしい。カカオの量がゲンミツに国際規格で決まってて、溶かした時の滑らかさや仕上がりのキレイさなんかが、普通のチョコとは違うとか。
 そんな製菓用のチョコをなんでわざわざ買ったかというと、ホワイトデーのお返し用に手作りしようと思ってたから、だったって。
 けど、材料をネットで揃えたものの、残業と休日出勤が重なりまくって、とてもチョコ作るような余裕はなかったらしい。

「こ、今年はバレンタイン、用意できなか、ったから。代わりにホワイトデー、頑張ろうと思っ、て」
「レン……」
 とつとつと告げられるセリフに感動してぇとこだけど、さっきの「忘れてた」ってセリフのせいで、感動もトキメキも半減だ。
 あと、アイスをむさぼり食いながら言われても、共感できねぇ。食いながら喋るな。デカい目でアイスばっか見るんじゃねぇ。
 仕事忙しかったのは知ってるよ。お疲れ。よく寝た? アイス美味いよな。
 でもオレも、チョコ欲しいんだよな。

「じゃあ久々にゆっくり時間ある訳だし、チョコ作ろーぜ」

 オレのニヤリとした宣言に、レンが「うえっ!?」って声を跳ねさせる。
「材料揃えたんだろ? 作ろう。レシピどれ?」
「うお、あの、な……生クリーム、期限……」
 ぼそぼそとした言い訳に、「は?」って思わず訊き返す。有無を言わさず冷蔵庫を開けると、ごちゃっとした庫内の奥に押し込まれてた生クリームは、マジで賞味期限がヤバかった。
 他にも期限のヤバそうな物はあったけど、取り敢えず今は生クリームだ。
 今日、まさに期限が切れる。これは作れってことだろう。

「ええー、また今度、でいい、よ。オレ、生クリーム、買う。多分」
「それ絶対忘れるフラグだろ」
 オレの指摘に「うえ……」とか言葉を濁しながらうだうだし始める様子が、みっともなくてちょっと笑えた。
 昨日、会議室でバリバリと司会してた格好よさはどこ行った?
 いや、バリバリって訳じゃなくて赤面しまくりで一生懸命だったけど、それでもハッキリ声出てたし、背筋も伸びてて、格好良かった。
 仕事とオレとどっちがどうかなんて言うつもりはねぇけど、仕事の時に見せる男気を、オレの前でも見せて欲しい。
 けど、この情けねぇ姿はオレだけの秘密にしてても欲しい。
「もうコレでいい、でしょ、チョコ」
「それはオレが買って来たんだろ!」

 差し出されたチョコアイスをぐいっともぎ取り、冷凍庫の中に放り込む。
 鍋に湯を沸かしてクーベルチュールを湯煎する間に、期限のヤバい生クリームを温める。

 レンが作るつもりだったとかいうレシピは、難易度のすごく低そうな、適当に混ぜて適当にラップに包み、適当に冷やして作るチョコだった。
 生クリーム40gに対して、クーベルチュールが50g。生クリーム200gにはクーベルチュール250g。計ったようにピッタリだと思ったけど、多分ピッタリになるよう買ったんだろうなと思う。
 コイツのこういう、何も考えてねぇような顔して細かく準備するとこに、いつもビックリさせられる。惚れ直す。
 その内にレンもぶぅぶぅ言うのを諦めて、ドライフルーツとミックスナッツを包丁で細かく刻んでくれた。

「ほ、ホントは、マシュマロとビスケットも、あった……」
 ぼそりと惜しまれるそれらが、今なぜ無いのかは、まあ訊かなくても想像できる。そのでっかい口ん中にぽいぽい消えてったに違いねぇ。
「いいじゃん、十分美味そうだって」
 ナッツとドライフルーツをゴロゴロ入れたチョコは、冷蔵庫で冷やすべく、ラップに棒状になるようにくるむ。
 ハムみたいな形状のチョコだから、きっと切り分けるのもハムみたいでいいんだろう。そのままじゃシンプル過ぎて色気はねぇけど、一世一代の告白に使うって訳じゃねぇし、これくらいで十分だ。
 そういや2人で並んで料理すんのも久々で、オレとしては楽しかった。

 レシピによると、できあがりまで冷蔵庫で2時間。
「待つ間、何する?」
 洗い物を終えてレンに訊くと、正面からべったりと抱き着かれた。
「今日はもう、何もし、ない。オレ、頑張った。ご褒美貰う」
「ご褒美な」
 そういや今日は、会議の頑張りをねぎらいに来たんだっけ。
 忘れてた訳じゃねぇけど、チョコ作りに夢中になって、ねぎらいが二の次になってたことは否めねぇ。
 べったり甘えるふわふわの頭をよしよしと撫でて、頬を緩める。
 まったく、昨日の会議での凛々しさは一体どこに消えたんだろう。けど、こんな甘えたな素顔だって、オレの前でだけ見せて欲しい。

 一緒に住めば、こうして甘やかすのもちょっとは楽になるんだろうか? けどそれは、例えばクーベルチュールの中にアイスを混ぜるみてぇにならねぇか?
 案外うまくいくかも知れねぇ。残念な感じに分離するかも知れねぇ。やってみねぇと分かんねぇけど、今はまだ、試してみるだけの自信がねぇ。
 まだもう少し、今のままの距離感でいたいと思うのは、オレの情けなさの表れだろうか?
 というか、オレはアイス以上に求められてんのか?

「なあ、オレとアイスとどっちがご褒美?」
 ふと真顔になって尋ねると、レンはうひひと顔を緩めて、「内緒」って可愛く囁いた。

   (終)

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あきゅろす。
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