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小説 1−16
菱形のデカいのが届いた日 (大学生・同棲)
 野球のダイヤ、トランプのダイヤ、路面標示のダイヤマーク。菱形にも色々あるけど、食べられる菱形っつったら、まず思い浮かべんのは菱餅だろう。
 ピンクと白と深緑の3色に色付けされた菱餅は、オレと弟の男兄弟しかいねぇ我が阿部家では、縁のねぇモノだった。
 同じ色合いの、3色のひなあられや花見団子なんかは食ったこともあったけど、菱餅は覚えがねぇ。
 ネットか何かの画像としては見た事あったけど、食ったことは多分なかった。
 春によく見かける色合いだなとは思う。
 ぷるんとした見た目からして、餅っつーより羊羹か、ウイロウみてーな感じなんじゃねーんだろうか。
 興味はあるけど、買って確かめる程でもねぇ。っつーか花見団子だって、あちこちで見かけるものの食った回数は多くねぇ。
 女子の祭りの女子の食い物。
 オレにとっての菱餅ってのは、大体そういうイメージだった。

 それがガラッと崩れることになったのは、同棲する恋人宛に、その菱餅がどーんと送られてきたからだ。
 送り主は、孫を溺愛する群馬の三橋の祖父母から。
 どーん。まさに、どーん。鏡餅サイズの菱餅が、段ボールにどーんと入っててビックリした。
「でかっ」
 思わず呟くと、「でかいの、いいよねっ」って三橋が嬉しそうにうなずいた。
「オレ、お餅、好きだ」
「あー、だな」
 年末にもそういや、同じサイズの鏡餅が送られてきたよなと思い出す。年明けには、更に大量の切り餅も送られて来て、しばらくは餅尽くしだった。
 オレも餅は好きだけど、三橋程じゃねぇと思う。
 海苔にチーズ、砂糖醤油、黄な粉、大根おろし、納豆、キムチ、明太子……色んな味付けで、食って食って食いまくったっけ。雑煮もしたしぜんざいもした。餅が全部なくなったのは、つい先日のことだ。

 正直、餅の食い過ぎで腹回りがちょっと気になる。朝晩の腹筋の回数を増やしてること、三橋は気付いてねぇんだろうか?
 対する三橋は、あんだけ食ってんのに相変わらず細身で、どうなってんのかと真剣に訊きてぇ。代謝がいいっつーか、燃費が悪いっつーか、太らねぇのは羨ましいけど、菱餅三昧の予感に震える。

 うひひ、と口元を緩めながら、いそいそと菱餅を取り出す三橋。
 この間スーパーで見かけた菱餅の、一体何個分になるんだろう? よく大きさの比較で東京ドーム10個分とか40個分とか表現するけど、コイツは10個や40個どころじゃねぇ大きさだ。
 細身の割に力持ちの三橋が、「よっ」って気合入れて持ち上げてるから、結構重量もありそう。それをテーブルの上に置いた瞬間、ズシンと重そうな音がした。
 菱餅の立てる音じゃねぇと思う。
「こんなデカいやつ、あるんだな……」
 しみじみ感心したが、どうやら市販してるんじゃなくて、群馬の三橋本家で、特注して作るモノらしい。まあ、そりゃそうだよな。特注じゃねぇとコレはあり得ねぇだろう。
「でっかいの注文して、あちこちに、おすそ分け」
 とつとつと語られる説明だけじゃ、相変わらず状況がよく分かんねーけど、前に見たことある、群馬の同い年のイトコのために、毎年それなりに盛大にひな祭りをやるようだ。

 盛大なひな祭り、ってのがどんなモノなのかは女子じゃねーから知らねぇが、どうやら大勢を招待して、ご馳走を出すらしい。
 招待されるのは親戚なのか、学校の職員なのか、近隣の住民なのか、その辺はよく分かんねぇ。女子の行事だから男児である三橋も客で、ご馳走食ってただけだったって。
 どういうご馳走かは覚えてても、それ以外は覚えてなさそう。
 けどオレも、もしその立場だったら似たようなモンだっただろうから、文句は言えねぇ。大事なのは、どういう客かじゃなくてどういうメシかだよな。
「て、手毬寿司とね、菜の花のパスタと、ハマグリのお吸い物、と、イチゴ大福、と、甘酒と……」
 緩んだ笑みを浮かべつつ、料理の名前を指折り並べていく三橋。
 甘酒もいいけど粕汁もいい、とか、焼きハマグリも美味い、とか、あれこれ思い出して語る様子は、すげー嬉しそうで何よりだ。
 よだれ垂れそうな口元が可愛いなぁと思うのは、惚れた欲目なんだろうか。

「菱餅、食べてみる?」
 オレの返事を待たねぇで、三橋がきらーんと包丁を取り出す。
 縁起物なのに切っていいのかってビックリしたけど、「角を落とす」って意味にもなるから、切って食っていいモノらしい。
「角を取って、夫婦円満」
「夫婦って」
 得意げに語られるウンチクに、ふふっと笑えた。
 桃も菱も、子孫繁栄の意味だとか。白は清純を意味してて、でも緑のヨモギには強壮作用があって、とか。そんな話を聞きながら、角を落とされる菱餅を眺める。
 砂糖を練り込んで作るやつや、菱の実を練り込んで作るやつなんかもあるらしいけど、この三橋家の巨大菱餅は、大体普通の餅らしい。

 角の所をざっくりと縦に切り落とされた菱餅は、軽くレンチンすると、確かに普通の餅っぽくなった。
 取り敢えず砂糖醤油で食ったけど、普通に美味い。
 オレとしては、緑色のヨモギの餅の苦みも好きだ。

「あんこと黄な粉、買いに行こう。海苔とチーズ、も」
 にこにこと機嫌よく言いながら、三橋がテーブルの上の菱餅を撫でる。
 ああ、また餅三昧が始まるんだなと思った。この餅を食い尽くせるのは、いつぐらいになるだろう? 4月? 5月? 5月にはコイツの誕生日あるけど、まさかまた餅が送られて来たりはしねーよな? 端午の節句は?
 「買い物、行くよー」と財布を持つ三橋の手を握り、ぶるぶると首を振る。
「その前に、食後の軽い運動だ」
 夫婦円満、子孫繁栄、清純で止血で強壮っつったら、連想するのは初夜だろう。いや、とうに初夜なんかじゃねーし、今はまだ昼間だけど、細かいことは気にしねぇ。
 ベッドに誘ってちゅっと唇に触れると、三橋が「もおー」って破顔した。

 男兄弟の阿部家では縁のなかったひな祭り。この先も多分、縁がねぇままだろうけど、巨大菱餅を恋人と食うのは悪くねぇ。
 餅の食い過ぎは腹回りが気になるけど、「軽い運動」を何度もこなせば問題ねぇ。
 ただ今夜から、腹筋の回数をもうちょっと増やしておこうと思った。

   (終)

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あきゅろす。
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