小説 1−15
キミに投げる球は・7
榛名さんに指定された場所は、どっちの大学からも近い位置にある駅前だった。
駅からすぐのとこにある派手な看板のホビーショップで、「ガシャポンがいっぱいあるからすぐ分かる」、って。
一応ネットの地図で場所は確認したものの、実際行ってみるとホントにガシャポンが目立ってて、あそこだー、って感じで間違いようがなかった。
縦に3台積み上がったガシャポンの機械が、ずらーっと左右を囲んでて奥まで続いてるのはちょっとスゴイ。
子供の頃は、あんまこういうの縁がなかったけど、今見ると興味深い。100円のから300円、中には500円のとかもあって、面白いなぁって感心する。
よく分かんないアニメのもあれば、動物とか食べ物の形のキーホルダー、車や電車なんかもある。プロ野球の選手のピンバッチなんかもある。どれが出るか分かんないけど、なんかスゴイ。
立ち並ぶガシャポンを眺めつつ、店内をぐるっと一回りすると、榛名さんがしゃがみ込んでガシャポンを回してるのが見えた。
「ち、ちわっ」
駆け寄ってぺこりと挨拶すると、「おー」って返事しながら、榛名さんが機械のダイヤルを回す。やがてカタンって音と共にボール大のカプセルが出て来て、榛名さんがそれを取り上げた。
何を買ったのかよく分かんないけど、カプセルを割って中身を取り出すのは楽しそう。
オレもやりたいなって思った。阿部君と一緒に来たい。このガシャポンの群れを見て、阿部君がビックリする顔見たい。
そういやオレたち野球ばっかで、こんな風にホビーショップとか訪れることも滅多になかった。阿部君はこういうとこ好きかな? 榛名さんはよく来るのかな?
「ちょっと歩くけど、美味い店あるから」
すくっと立ち上がり、迷いなく大股で歩く榛名さん。それにあわあわと従いながら、夕暮れの街灯りをきょろきょろ見回す。
「あそこのバッセンは、投球練習もできんだぜ」
遠くのネオンを指差しながら教えてくれる榛名さんは、この辺りのこと詳しそう。
しっかり練習もして、しっかり大学行って、その上でそれなりに遊んでってできるのって格好いい。ストイックな印象あるのに、街歩きに慣れてる感じなの尊敬する。
オレはあんま器用じゃないから、こういうの憧れるなぁと思った。
今だって気の利いた会話ひとつできなくて、榛名さんばっかに喋らせてる。
こんなとき、阿部君がいてくれたらって思うのは、間違ってるんだろうか?
昼間に大学で見かけたとき、勇気を出して「阿部君っ」って声を上げて呼び止めた。
「きょ、今日、榛名さん、と……」
それだけ言って口ごもったオレに、「ああ、行って来いよ」って阿部君は興味なさそうに返事した。
「あっ、阿部君、も、一緒に」
思い切って口に出した誘いに、阿部君は一瞬口ごもり、それから「いや」って首を振った。
「ワリーけど、今日もバイトあるから」
バイトだって言われると、オレもそれ以上は誘い辛い。シフトだって前々から決まってるだろうし、勝手な都合で休む訳にもいかないのは分かってる。
「バイト、何時から?」
「夕方からラストまでだな」
ラストって何時だろうって思ったけど、どっちにしろ夜遅いことには変わりなくて、「そっか……」としか返事できなかった。
外泊届だってそう頻繁には出せないし、後で会えないかなんてことも訊けない。
その内講義の予鈴が鳴って、束の間の会話もあっさり終わった。
大っぴらに付き合える間柄じゃないから、大学内でのやり取りなんて前からこんなモンだったけど、最近はギクシャクしてるから、余計に名残惜しかった。
榛名さんおススメのお店は、美味くて大盛りで賑やかだった。ちょっと裏通りにあって、外観はそんなオシャレでもないけど、運動部員同士で行くのには丁度いい。
男女連れもいない訳じゃないけど、どっちかっていうと男性客が多くて、緊張しない。
焼肉定食は肉もご飯も大盛りで、ハンバーグはとんでもなくデカい。パスタの山盛り具合もスゴイし、寮の食堂にも負けてなかった。
野菜はちょっと少な目だから、毎日ここばっかってのは無理そうだけど、しょっちゅう通いたいって思える。
「ここ、いいだろ。とって置きの店だぞ」
自慢げに笑う榛名さんに、「はいっ」ってぶんぶんうなずいて、遠慮なくガツガツ食べた。
1杯だけって言いつつビールで乾杯して、無言になりつつムシャムシャ食べる。
「肉も美味いけど寿司も美味いぞ」
そんな自慢げな言葉に、寿司もいいなぁって思った。試合前に寿司は食うなって阿部君はいつも言ってたけど、榛名さんは違うんだろうか。試合前じゃないからいいのか。
こんな時にもふとしたことで、阿部君の顔が思い浮かぶ。
阿部君は今、バイトかな? 確かどっかの飲食店だったと思うけど、来て欲しくないっぽいから、1回も行ってない。
こういう賑やかなとこで、料理の配膳とかしてるのかな?
「唐揚げ2人前!」
榛名さんの注文に、「うーい」って威勢のいい返事が上がる。オシャレとは遠い、賑やかな食堂。お酒やタバコのニオイより、料理のニオイの方が強くて、居心地いい。
店員さんもテキパキしてて、元気で楽しそうで声大きい。こういう店で働く阿部君も、きっと格好いいのになぁと思った。
この店、阿部君と一緒に来たい。
投球練習のできるっていうバッセンにも行ってみたい。
捕手として1試合出場できなくなった阿部君も、バット振る分にはそこまで負担ないし、バッティングだけならできたと思う。
1軍は無理でも、2軍とかなら野手変更もできたかも。けど彼はそこをキッパリ断って……やっぱり勿体ないなぁって感じした。
「バッセン覗いて見るか?」
食事が終わった後、榛名さんにちらっとそんな誘いを受けた。
締めにバッセンっていうとこが、オレも榛名さんも、揃って野球人らしいってとこなんだろう。
1杯だけのビールに程よく酔って気分よくて、「いいです、ねー」って笑顔でうなずく。
もしかしたら榛名さんは、後輩をいつも誘ってるのかも知れない。後輩にするように、阿部君をこうして誘いたかったのかも知れない。
興味をなくしたフリして、ホントは気にかかってるのかも。
タカヤは相変わらずなのか、とか、訊こうとして訊けないでいるのかも知れない。分からない。
他校の、あんまよく知らない先輩と後輩。そんな間柄のオレたち2人、並んで街灯りの中を闊歩する。
食堂のあった裏通りを抜け、駅前に続く表通りに出てくると、一気に視界が開けて明るい街灯に照らされた。夜だっていうのに人混みが増えてて、賑やかで騒がしい。
すぐそこの交差点で、きゃあって甲高い笑い声と共に、仲良さげな集団が団子になってじゃれている。
何気なくそこに目をやって――えっ、と思って2度見した。
おしくらまんじゅうでもしてるみたい。団子になってじゃれ合ってるから、ぱっと見で何人いるかも分かんない。
そのおしくらまんじゅうの中に、1人だけ笑ってない人がいるのが目に留まる。それは、今バイトしてるハズの阿部君で。
「タカヤ……」
オレの真横で、榛名さんが唸るように阿部君の名前を呟いた。
(続く)
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