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小説 1−15
キミに投げる球は・6
 榛名山に、ホントのことを言うべきかどうか、一瞬悩んだ。
 口止めされてる訳じゃないけど、プライベートなことだし、勝手に話すのはいけないかも? でも、榛名さんに内緒にするのはよくない、かも?
 阿部君が話してないのに、オレが言っちゃうのはダメかも知れない。けど、同時に、言えないよなっていうのも分かる。
 オレが阿部君なら、榛名さんには話せない。けど、オレが榛名さんなら、黙ってられるのは辛いかも。この場合、どっちを取るべきなんだろう? どっちがホントに阿部君のためになるんだろう?
「アイツ、タカヤ、今日はどうしてんの? ベンチにいなかったじゃん。2軍落ちか?」
 ちょっと気まずそうに言いながら、オレの背後を静かに眺める榛名さん。彼の言葉を聞いて、まず考えるのはそっちなのか、って思った。
 阿部君が野球を辞めるなんて、考えてもないみたい。2軍落ちは確かに気まずいけど、それくらいならきっと阿部君だって、野球部を辞めなかったに違いない。
「ち、がいます……」
 ぶんっと首を横に振り、けど、何をどう言えばいいのか思いつかなくて途方にくれる。

「じゃあ何? 風邪でも引いたのか? それともまたケガ?」
 ケガ、って言われてビクッとすると、「マジかよ」ってビックリしたように言われる。
 何も言ってないのにすぐバレるの、オレ、隠し事下手かも。
 でも、ケガってバレたんなら、もっとホントのこと話しやすい、かも。
「ドジだなぁ。前はヒザやってたっけ。今度はどこよ?」
「こっ、今度は……」
 聞きかじったままの症状をちらっと話し、どうしようって迷いながら、榛名さんの顔を仰ぎ見る。
「も、もう、あんま長時間、座ってられない、って」
 ぽつりと言うと、榛名さんは「はっ!?」って形の良い目を見開いて、それからぐっと空を見上げた。
 オレを見てらんなかったのかも知れない。考えをまとめたかったのかも知れない。榛名さんの考えは、オレにはよく分かんない。
 榛名さん越しに同じく空を見上げても、何の考えも浮かばない。

 やがてため息をついて、榛名さんが再びオレを見下ろした。
「そんで、タカヤは……?」
 感情を抑えたような声での問いに、答えられるのは多くない。ホントのこと言っていいのか、ここに来てもまだ迷う。けど、今、この人の前でウソなんかつけないとも思う。
 榛名さんの顔がまっすぐ見れない。
「辞め、まし、た」
 つっかえながらそう言うと、榛名さんは一瞬ぴくりと固まって、それから「ふーん」と低く唸った。
「あ、そー。なら、どーでもいーや」
 低くて冷たい声、投げやりな口調。どうでもいいって言葉にビクッとなって、パッと榛名さんを振り仰ぐ。
 うちの野球部も、本来は去る者は追わない主義だ。脱落者に一々関わっていられない、って。それより自分たちの未来の方が大事だって。
 榛名さんとこもそうなのかな? 榛名さんも、そうなのかな?
 自分が見捨てられたような気持になって、胸の奥がヒヤッとする。けど、どうでもいいって言いつつ、なんとなく怒ってるような感じもして、背筋にぶるっと震えが走った。

 試合中、マウンドとバッターボックスとで向き合ってるみたいな、そんな怖さ。けど、その雰囲気は一瞬で霧散して、ニカッと自信に満ちた笑みを向けられる。
「また連絡すっから、後でメシ食いに行こーぜ」
 ケータイを取り出してそう言われ、何も言えないまま「じゃーな」ってバスに乗ってった榛名さん。
 結局、阿部君に関してどう思うかとか、どうすればいいかとか、そんなことも聞けないまま、ギクシャクと頭を下げて、彼の背中を見送るしかなかった。

 榛名さんからは、さっそく夕方にメールが来た。
 アドレスは交換したけど、まさかホントに連絡をくれるとは思ってなかったからビックリした。
 メシ食いに、っていうのも社交辞令じゃなかったみたい。
――今度の祝日に会えねぇ?――
 榛名さんからの誘いにビビりつつ、カレンダーを確認して「大丈夫です」って返信する。
 他校の先輩と会うの、野球部的にはどうかなって心配したけど、特には問題ないみたい。ただ、「情報は渡すなよ」って言われた。
「むしろ、向こうの情報聞いてこい」
「いっそ、毒を盛って来い」
 冗談だって理解しつつも「毒っ!?」ってビビると、チームのみんなはゲラゲラ笑って、背中をパンと叩いてくれた。

「まあ、三橋にそんな度胸はねーだろうけどな」
 そう言われると、実際そうなんだけど複雑だ。
「でも、なんで榛名?」
 不思議そうに言われて、阿部君との関係をちらっと話すと、みんな一瞬しんとしたけど、「ふーん」って感じで、それ以上の追及はされなかった。
 こんな風に、阿部君の名前が出るたびにビミョーな空気になるのって、いったいいつまで続くんだろう?
 阿部君の不在が、いつ普通になるんだろう?
 阿部君を糾弾されるのはイヤだけど、どうでもいいみたいに言われるのもイヤだ。忘れられるのは、もっとイヤだ。
 これは、オレが恋人だから? 好きだからそう思うのかな?
 恋人っていっても、いつまでそうでいられるか、最近はちょっと自信ない。

――榛名さんと話したよ――
 短いメッセージを打ち込んで、送信できないままそれを消す。
 送っても、返事は貰えないかも知れない。「それで?」って言われても困るし、どんな話をしたかって訊かれても困る。阿部君のケガのこと話したの、後ろめたい。
 恋人なのに――恋人だから――余計に今後、どうすればいいのか分かんなくて途方に暮れる。
 榛名さんとの会食、阿部君も誘おうかなって思ったけど、彼が喜ぶとは思えなくて、口に出すことはできなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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