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小説 1−15
キミに投げる球は・5
 榛名さんとの試合の日は、朝からよく晴れた野球日和だった。暑過ぎもしないし寒過ぎもしない、湿度も高くなくてカラッとしてて、風も穏やかでそよそよと心地いい。
 いつも通りに朝食を食べていつも通りに朝練をこなし、入念に体をほぐしてアップする。
 阿部君からの連絡は昨日も今日もなかったけど、それはいつものことだから、心を揺らされたりはしなかった。
「三橋、調子はどうだ?」
 阿部君とは違う、チームの捕手に声を掛けられ、「いい、よっ」と笑顔で返事する。
 ここにいるのが阿部君じゃないのに最初は慣れなかったけど、元々捕手も投手も1人じゃないし。同じチームにいたって必ず組めるとは限らなかったから、その内違和感なくなった。
 球場のマウンドに立ち、捕手相手に何球か投げて試合前の最後の調子の確認をする。
 ふと視線を感じて相手チームのベンチの方に目をやると、榛名さんが腕組みしてこっちをじっと見てたので、ドキッとした。
 これから対戦するんだし、向こうのエースなのは分かってたことだから当たり前なんだけど、榛名さんの姿を実際に目にするとじわじわと実感が高まってく。
 高校時代にも何度か対戦したことあるのに、未だに憧れの目で見てしまうのは、遠くて近い人って印象を持ってるからだ。

 阿部君ともバッテリーを組んでたこともある、すごい人。オレとは違う剛速球を投げる左腕。
 今からあの人と試合するんだ。そう思うと、どんな強豪校を相手にしたときより高揚する。頑張ろうって思える。オレも負けない。
 それと同時に思うのは、なんでここに阿部君がいなんだろうってことだ。
 ちらっと正面の捕手に目を向けて、それから再び榛名さんに目を向ける。榛名さんは今、一体何を思ってるだろう? どういう気持ちでいるんだろう?
 自分のチームのベンチの横で、榛名さんはどっしりと腕を組み、誰かを探すように強いまなざしを巡らせる。
 キリッと整ったその顔は遠目から見ても不満気で、阿部君の不在が気に入らないのかなって、ちょっと思った。


 オレは何本かヒット打たれて2点取られたけど、榛名さんからもチームメイトがホームラン打ったりして、同じく2点を取ってくれた。
 互いに7回まで投げて交代したから、オレがバッターボックスに立ったのは2回だけだったけど、榛名さんの球は相変わらず速くて球威もあって、シュゴーッて唸ってて凄かった。
 オレの球速も球威も、高校時代に比べると随分上がってるとは思うけど、榛名さんの球を見てしまうと、オレとは違うなって思う。
 チームにだって剛速球を投げる投手は何人もいるし、速球派とか技巧派とか、色々それぞれ得意分野があって当然なんだけど、やっぱりどうしても憧れは消えない。
 阿部君を通じて、実際に話をしたことがあるからかも知れない。
 スゴイ投手なだけじゃなくて、榛名さん、いい人なんだよってみんなにも広めたい。
 阿部君とは昔、確執もあったみたいだけど、でも榛名さんの人柄を知れたのも阿部君のお陰、で。榛名さんとオレがいるのに、ここに阿部君がいないことが、やっぱり寂しいなと思った。
 
 試合は延長戦して、最終的に4対5でうちの負けになった。
 五分五分の僅差だったから余計に残念で、みんなガッカリしながら体をクールダウンさせ、後片付けをして球場の控室を後にする。
 トーナメント式で戦ってる訳じゃないから、甲子園とかみたいに1試合の勝敗に一喜一憂することはないけど、やっぱり試合に勝つと嬉しいし、負けると悔しい。
 オレが打たれなければって思いはあるけど、それは交代した中継ぎの後輩も、それから抑えに投げた先輩も、きっと同じ意見だろう。
 今日の反省を、次にどう生かすかが問題だ。
「阿部の戦略、聞きたかったな」
 ぽつりと呟く誰かを相手に、「やめろよ」って他の誰かが短くたしなめる。
「阿部が1人いたとこで、勝敗に影響なんかしねぇ」
 それは正論でもあるけど、だからって受け入れられる言葉でもなかった。
 みんな阿部君の知力や戦略を惜しいって思ってる。阿部君が1人いてくれるだけで、ホントは心強いんだって、きっとみんなが思ってる。
 去る者は拒まず、な部のハズなのに、ここまで惜しまれるなんて滅多にない。阿部君はスゴイ。

 けど、ここにいたくないっていう阿部君の気持ちも分かるから、オレから進言することはできない。
 これは逃げかも知れない。
 阿部君も逃げてるし、オレも多分、逃げてるのと同じだった。

 着替えて球場を後にすると、駐車場に榛名さんの大学のロゴの入ったバスがあった。
 バスに荷物を積み込む様子を、足を止めてぼうっと眺める。バスの周りには相手校の選手もいて、みんなテキパキ動いてる。
 その中に榛名さんもいた。
 じっと見てたら目が合って、とっさにぺこりと頭を下げる。
 榛名さんはこくりと軽くうなずいてくれて……一旦バスに乗り込もうとしたところで、思い直したようにバスから離れ、なんでかこっちに走って来た。
 正直言うと、ビックリした。
 うなずいて貰えたとこまでは予想してたけど、こっちに来られるとは思ってなかったから、ビビッてキョドる。榛名さん、足速い。
 側にいたハズのチームメイトはいつの間にかいなくなってて、身を隠す場所もなくて、余計に焦った。
 足を止めたのはオレだけど、置いてくなんてヒドイ。
 涙目であわあわしてると、あっという間に榛名さんが近付いて、「ミハシだっけ」って声を掛けて来る。

「はいっ」
 反射的にびくっと直立不動になって、でも何て声かければいいか分かんなくて、深々と頭を下げる。
 こんな時、阿部君がいればきっと間に入ってくれるのに。けど、阿部君は今ここにいなくて――。
「なあ、アイツは?」
 榛名さんが、戸惑うようにぽつりとオレに問いかけた。

(続く)

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あきゅろす。
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