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小説 1−15
辺境の花と騎士・3
 仕事の後、副団長が持参してた着替えや何かの荷物の整理を手伝った。
 ほとんど荷馬車に詰めさせて、必要最小限の荷物だけ持って単騎でここまで来たらしい。護衛もなしで、1人で来たっつーんだから呆れる。
「無茶しますね」
 思わず呟くと、「オレ、だって騎士、だし」って不服そうにぼやかれた。
「オレが護衛、する方、だ」
 そりゃ確かに、王太子の護衛も務めてたっつーんだから、剣の扱いくらいは知ってんだろうけど、とても強そうには思えねぇ。
 特にこの辺は盗賊とかも多いのに、よく無事に到着したもんだ。
 怖いもの知らずっつーか無鉄砲っつーか。腕に覚えがあるからっつーより、危ない目に逢ったことがねーからなんじゃねーかと思う。
 そんな気分のままだと辺境地域じゃやってけねーだろうと思うけど、この辺はまあ、今後ゆっくり鍛えて貰うしかねーのかも。
 やれやれと思いつつ荷ほどきを手伝ってると、着替えの中からひらりと白いモノが床に落ちた。
 何かと思うと封のされたままの手紙だ。
「落ちましたよ」
 声を掛けて拾い上げると、副団長はこっちを振り向き、それから「うおっ」と慄いた。

「読まなくていーんスか? 副団長宛てでしょ?」
 宛名の処にはしっかり「レン=ミハシ=ラーゼ子爵」って書かれてる。差出人の名前はМ・Hってイニシャルだけしか書かれてねーけど、それはつまり親しい間柄の証拠だろう。
 封筒自体もやけに重厚な紙だし、封蝋の印章も複雑だし、いかにも上級貴族って感じの重々しさだ。
「よ、よ、読まない」
 って、首を振って拒否していいような手紙には思えなかった。
「え、でも……」
「あ、アベ君が、読んで」
「は?」
 オレの差し出した封筒を、背中向けて断固受け取らねぇ副団長。
「よ、読んで、内容だけ教えて。じゅ、10文字っ、でっ」
「はあ?」
 正直、何言ってんだコイツって思った。けど、細い背中が震えてるの見て、言いかけた文句を引っ込める。
 もしかしたら、今回の左遷に繋がる何かがあるんだろうか。それとも、嫌がらせの類の手紙なのか?

「じゃあ……開けますよ……?」
 封蝋をパキリと割り、上等そうな封筒を開けて上等そうな便箋を取り出す。
 その便箋は銀箔でも貼られてんのかキラキラで、この国の紋章がうっすらと印刷してあった。
――親愛なるレンへ――
 そんな書き出しで書かれた手紙には、真摯な謝罪と「どうしても彼女の存在が必要だ」って言葉が記されてる。
――いつでも戻って来い。お前の席は空けておく――
 最後の一文を読んだときには、あれ、と思った。もしかして左遷じゃねーんだろうか? いや、これだけじゃ判断なんかできねーけど、嫌がらせでも叱責の手紙でもなくて、意外だった。
 手紙の下部に書かれたサインは、モトキ=ハルナ=オオフリー。うちの国はオオフリー王国。国の名前を姓に持つっつーのはつまり王族ってことで、それでモトキっつーと、王太子だ。

 王族も王太子も、オレら庶民が普通に生きてて、まず関わり合いにならねぇくらいのはるか遠くの存在だ。
 いや、いるのは知ってるし、騎士団として王家に忠誠を誓ってはいるけど、あまりに雲の上の存在過ぎて、実感が沸かねぇ。
 そんな王族からの直筆の手紙がここにある、って。実はすげーことなんじゃねーだろうか? マジか。

「……『いつでも戻って来い』って」
 簡潔に結論だけを教えると、副団長はオレに背中を向けたまま、ぶるぶると首を横に振った。
「それ、捨てて」
 弱々しく頼み、バタバタと寝室に駆け込んでいく副団長。
 捨てろって言われても、王族からの私信をホントに捨てちまうのもどうかと思って、執務室の机の上にそっと戻す。
 左遷じゃなかったら、何なんだ? 「彼女」って何? なんでわざわざ辺境に? 酔わせりゃ何か訊けるんだろうか?
 知りたいような、暴かねぇ方がいいような、どっちともつかねぇ気分にモヤッとする。
 そのモヤモヤの解消の仕方は、今んとこ酒しか思いつかねぇ。
「まあ、飲むか。飲みましょう!」
 副団長の腕を掴み、有無を言わせず酒の席に座らせんのが、今は1番いいような気がした。


 結論から言うと、副団長は酒にあんま強くなかった。ちょっと飲んだだけでほわーっと赤くなって、にへにへと機嫌よく笑ってた。
 でも、機嫌よさそうだったのは最初の内だけで、ここに来た理由をツッコむと、たちまちぐしぐしと泣き始めた。
「おっ、オレ、失恋……」
 ぐしぐしべそべそと涙を流し、とつとつと答える副団長。
 喋んのが得意じゃなさそうなのは、最初の自己紹介ん時から何となく分かってたけど、酔ってるせいか語られる内容はぐちゃぐちゃで、聞きやすいとは言えなかった。
 それでもそれなりに饒舌に喋ってくれたのは、よっぽど溜まってたモンがあったんだろうか。
「でっ、殿下はスゴイ人、だし、魅力、的、だし、仕方ない」
 とか。
「お、お、オレは、こんな、だし」
 べそべそと泣きながら、自分を卑下する副団長は、自分がダメダメなヤツだってこと、ちゃんと自覚してるらしい。
 上官の愚痴を聞かされんのはうんざりだけど、彼の語る辺境赴任の経緯は、オレらにとってもなかなか興味深くて、そんで同情しなくもなかった。

 レン=ミハシ=ラーゼ子爵には、幼馴染の婚約者がいたらしい。親の決めた関係で、熱烈な恋愛って訳じゃなかったけど、それでも大事に思ってたし、レン少年にとっては初恋だった。
 けど色々あって、その婚約は解消されることになったんだそうだ。主な理由としては、相手が別の男を好きになってしまったから。
 その別の男っつーのが、自分の仕えてた王太子で……王太子にとっても、その彼女はなくてはならない存在になったらしくて。結果、身を引いて辺境に引っ込むことにしたんだとか。
 わざわざ辺境に来なくてもよかったらしいんだけど、気持ち的にはもう側近を続けられねーし、2人のイチャイチャぶりを見せられんのも辛かったって。
「オレっ、もう、王都戻りたく、ないっ」
 ふぐふぐ泣きながらぼやいて、ぐーっと副団長が酒をあおる。
 丁度いいタイミングで欠員もできたことだし、ってんで、ここに着任することになったと聞かされりゃ、「成程なぁ」としか言いようがなかった。

「まあ、元気出して、副団長」
「そうそう、そのうちイイことありますよ」
「辺境の花も悪くねーですよ」
 一緒に酒を飲んでた連中が、みんな口々に副団長の肩を叩き、笑いながら慰める。
 辺境の花っつっても清楚な田舎娘なんかは幻で、あんま品のねぇ商売女とかしかしねーんだけど、その辺はもう仕方ねぇ。
 むしろ副団長の方が「花」と呼ぶにはふさわしいんじゃねーだろうか。そんくらい儚げで、色白であどけない。
「まあ、女より剣ですよ、副団長。明日から一緒に素振りしねーっスか?」
 オレの言葉に、みんな「またアベは……」って呆れてたけど、副団長にとっては満更でもなかったみてーだ。
「アベ、君っ」
 うわぁん、と泣き声上げながら抱き着いて来られ、素直で可愛いなと思わなくもなかった。

(続く)

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