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小説 1−15
キミに投げる球は・2
 阿部君と恋人だってことは内緒だけど、仲がいいことは知られてるから、外泊も簡単に許可されるのは楽だ。
「三橋、また阿部のとこ行ってたのか」
「お前ら仲いいな」
 寮に戻ると口々に言われ、「はい……」って返事しながらちょっと照れる。みんなから「仲いい」って言われると嬉しい。最近イマイチ仲いいとは言えないけど、まだ付き合ってるのには違いないし、キスだってした。
 強引に奪っただけだけど、拒まれなかったし、キスはキスだ。
「泊まって何の話すんの?」
 と、そう訊かれると困るけど、阿部君もオレもあんまべらべら喋るほうじゃないし。会話が特になくたって、一緒にいられるだけで幸せだった。
 幸せだったんだ、けど……。
 今朝の気まずさを思い出し、ふっと心が暗く曇る。それが顔にも出てたのか、同期の1人に「どうだった?」って訊かれた。
「阿部の様子、どうなんだ?」
「ど、どうっ、て……」
 なんて答えていいか分かんなくて口ごもってると、「ヤケになってねーか?」って言われた。

 ヤケになってるって言えるんだろうか? そんな時期は越えたと思ってたけど、違うのかな? 時間差でじわじわ来てる? 阿部君の口からは何も聞かされてなくて、首を振るしかないのがちょっと情けない。
 答えんないでいる内に、朝練が始まって有耶無耶で終わっちゃったけど、めいっぱい体を動かした後も、モヤモヤは消えてくれなかった。

 阿部君との関係は、その後もそのまま変わんなかった。
 大学でも講義がほとんど重ならないから、校舎とかですれ違うこともない。時々見かけることはあるけど、声を掛けるには遠すぎるし、わざわざ駆け寄って捕まえる程の用事もないから、そこまでするような勇気はなかった。
 ちらっと視線を感じて振り向くと、阿部君の背中があったってこともある。
 声かけてくれればいいのに、って、そんなときはちょっと寂しい。少しでも話したいって思うの、オレだけなのかな?
 電話しても繋がらないことが多いし、メールに返事も貰えない。
 野球部のランニング中なんかに出くわすと、ちょっと気まずい。オレだけじゃなくて、野球部の面々も気まずく思う人は多いみたいで、「よっ、阿部!」って声を掛ける人もまちまちだ。
 阿部君は苦笑しながら無言で手を挙げて挨拶してくれるけど、そんなときも目が合わない。
 やっぱり辛いのかなって思うけど、阿部君の口から迷惑だとも特に言われてなかったし、挨拶返してくれるから、声を掛けるのをやめるってことにはならなかった。
「逃げたヤツなんか放っとけよ」
 って、厳しい意見もあるし、今後どうするかは人それぞれでいいのかも。
 厳しいこと言う人は、阿部君にマネージャーに残れって言ってた人が多い。きっと阿部君にいっぱい期待してたんだなって思うと、厳しく言われても嫌な感じはしなかった。

 阿部君は優秀だ。捕手として1試合、ホームに座り続けることはできなくなったかも知れないけど、もし阿部君が望めば活躍の場はいっぱいあった。
 捕手じゃなくて野手に転向すれば、補欠くらいには十分なれたかも知れないし。選手としては難しくても、ブレインとしての仕事もある。
 マネージャーなんか、その最たるものだ。
 お茶やおにぎりの世話をしてくれるだけじゃない。スコアを付けるだけでもない。試合相手の傾向を調べたり、攻略への対策を練ったり。そういう裏の、目に見えない仕事がいっぱいある。
 捕手として、リードの才能も認められてた阿部君だから、彼なりの視点での考察は、きっとみんなの役に大いにたっただろうと思う。
 マネージャーにって求められてたのは、そんなところだ。
「ああ、こんな時に阿部がいたらなぁ」
 試合中、誰かがぽろっとぼやくこともあった。
「アイツなら、なんか考えてくれそーなのにな」
「腹黒かったもんなぁ」

 みんなでわいわい言い合って、やがてため息とともにビミョーな顔を見合わせる。
 阿部君を必要としてくれる人は、いっぱいいる。けどそれを知りながら振り払い、野球部を辞めちゃった彼に、こっちを向かせるのは酷かも知れない。
 オレも、野球のことあんま口にはできなかった。
 野球部を辞めて、吹っ切れたような顔してた当時は、「今度いつ試合?」とか「相手どこ?」とか訊いてくれてたのに、最近はそういう話題も出ない。
 オレからも、「次、投げるよ」とかそういう報告し難くて、野球の話題も減ってった。
 榛名さんのいるチームとの試合が決まったのは、そんなある日のことだ。
 大学野球の対戦っていうのは、所属リーグごとに主に決まってはいるんだけど、たまに別のとことも試合ある。社会人チームともあるし、遠征行けば地元チームと練習試合することも多い。
 榛名さんのいるチームとの試合は、年に1回か2回ってとこだろうか。勿論榛名さんの名前はそこそこ知られてて、球がすごく重くて速いって評判だ。
 去年の対戦の時は、オレも阿部君も試合に出られなかったから、今度は出られたらいいなと思う。
 中学時代、阿部君とバッテリーを組んでたこともある、1つ年上の榛名さん。スゴイ投手なのに、その人柄は気さくで前向きで明るくて、オレの憧れの人だった。

 榛名さんとこの試合で、先発に投げさせて貰えることに決まった時は、すごく嬉しくて舞い上がった。
 榛名さんと試合したい。
 ……阿部君と、ホントは一緒に戦いたい。
 榛名さんと試合するんだよって、阿部君に伝えたらどうするだろう? 見に来る? やっぱ来ない? でも、内緒にしちゃうのもダメだよね?
――来週、榛名さんとこと試合。オレ、投げる――
 短いメッセージをケータイに打ち込み、阿部君に向けて送信する。
 阿部君からの返事はやっぱないままだけど、それは今では普通だから、まだきっと大丈夫なのに違いなかった。

(続く)

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