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小説 1−15
キミに投げる球は・1 (大学生・切ない・故障阿部注意)
※阿部が故障している設定です。苦手な方はご注意ください。




 ピピピ、と聞き慣れたアラームの音がして、ガバッと起き上がり朝だと気付いた。
 テーブルに突っ伏したまま寝ちゃってたみたい。グッと伸びをして固まった首や肩をほぐしながら、空っぽの部屋の中を見回す。
 家主のいない他人の家で、夜明かしをしてしまった気まずさと失望が、胸の中を冷たくした。
 阿部君、帰って来なかったんだ。
 そんな現実を突きつけられると、ため息をつくしかできない。オレが昨日ここに来るのは、前々からの約束だったのに。うっかり忘れたのか、それともどうでもいいと思ったのか、彼の心が分かんなくてどうしようもなかった。
 ケータイを見ても、メッセージ1つ来てない。昨日「待ってるよ」ってオレが送ったメールにも、返信すら貰えてなかった。
 せめて「留守にする」とか、「用事ができた」とか、知らせてくれてればよかったのに。そんな優しさも、もう忘れちゃったんだろうか? 阿部君が遠い。
 のろのろと立ち上がり、テーブルの上に並べたままの冷めた料理にラップをかける。
 置いとけば、阿部君食べてくれるだろうか?
 ちゃんとご飯、食べてるの、かな?

 昨日炊いた残りのご飯でおにぎりを作り、自分でも食べながらお皿に並べる。
 作ったら、もう寮に帰らないと。
 野球部の朝練の時間はもうすぐで、これ以上阿部君の帰宅を待ち続けることはできそうになかった。

 阿部君が故障を理由に野球部を辞めて半年。「マネージャーに」っていう打診も断って、野球部の寮を出て一人暮らしを始めた当時、阿部君はまだ何も変わってはいなかった。
 そりゃ、もう長時間しゃがめないって診断された時は少々荒れたし、枕とか段ボールとかに八つ当たりしてたのも見たけど、その後はちゃんと落ち着いて「まあ、仕方ねーな」なんて呟いてた。
 オレも恋人として何かしてあげたかったけど、むしろ逆にオレを気遣ってくれるくらい、阿部君の心は強かったと思う。
「オレがいなくても腐るなよ」
 って。ポンと頭を撫でながら言い聞かせてくれた阿部君は、高校時代にケガをした時と同じくらい落ち着いてた。落ち着いてたように、見えた。
 マネージャーを断って野球部を辞めることを、「逃げ」だって非難する人もいたけど、オレだったらやっぱ辛いと思うし、悪いことだとは思わなかった。
 オレとの付き合いだって、何も変わんなかったし、オレへの態度も変わんなかったと思う。
 寮を出たことであんま会えなくなっちゃったけど、代わりに月に2〜3回、外泊届を出してここに泊まりにくるようになって、えっちの頻度は逆に増えた。

 それが変わり始めたのは、いつのことだっただろう?
 野球を辞めた代わりにバイトを始めて、そっちの付き合いが増えるごとに、友達が変わって生活も変わった。
 ちゃんと大学には来てるし、講義も受けてるし、身を持ち崩したとかそういうんじゃないんだけど……なんか遠くなったなぁと思う。
 今でも野球野球の生活で、そんだけで閉じてるオレの世界とは大違いみたい。
 どっちがいいって訳でもないし、ケガのことがあったんだから仕方ないことではあるんだけど、時々寂しくて仕方ない。
 メールの返事もあんま来ない、し。
 おにぎりの皿にラップをかけ、はあ、と深くため息をつく。朝練、行かないと。そう思って手を洗ってると、ガチャリと玄関の開く音がして、阿部君が帰って来てドキッとした。

「あ、べ君」
 手を拭きながら近寄ると、阿部君はオレの顔を見て一瞬目を見開いた。
「……来てたのか」
 ぼそっと告げられた言葉に、なんとなく責めるようなニュアンスを感じて、ぐさっと胸に痛みが走る。
「め、メールした、よ。約束も、した」
「おー」
 オレの言い訳に、興味なさそうに相槌を打つ阿部君。
 すれ違った瞬間、ふわりと異質なニオイが鼻について、どうしようもないモヤモヤが胸の中に湧き上がる。
 タバコとお酒と、あと何かスパイシーなニオイ。ほんの少し甘く臭うのは、べったり着けられた香水の残り香だろうか?
 不特定多数の、オレの知らないニオイが雑多に入り混じってて、モヤモヤした。

 浮気をされたら肌で分かるって誰かが言ってたけど、そういう直感みたいなのは特にないから、多分そういうんじゃないんだろう。
 けど、そういうんじゃなくてもイヤなものはイヤで、モヤモヤが止まらない。
 遠くに行かないで欲しい。
 オレの理解できない話をしないで欲しい。
 そばにいて欲しい。
 そんな自分勝手なワガママをぐっと飲み込んで、「ご飯、食べて、ね」と言い残す。
「また、2週間後、来る、から」
 阿部君は「いらない」とは言わなかった。「もう来るな」とも言わない。
「そろそろ朝練だろ」
 投げやりにそう言って、シャワーを浴びるのか服を脱ぎ出す。

 くっきりと割れたままの腹筋は、彼がまだ筋トレ続けてる証拠にも見えて、じわっと目頭が熱くなる。
 何も変わってないって、思いたいだけなのかも知れない。
 変わんないでいて欲しいっていうのは、オレのエゴなのかも知れない。
 ……キス、したい。
「阿部君……」
 半裸の彼を呼び止めて、強引に抱き着き唇を奪う。
 ちゅっと軽く口接けただけのキスを、阿部君は拒んだりしなかったけど――それ以上深くもしてくれなくて、ただ、オレの吐息だけがそこに落ちた。

(続く)

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