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小説 1−13
白鬼の里帰り・9
「レン、上に注意しろ」
 タカヤが忠告するのに前後して、頭上から例の網が落とされる。だが、レンは頭上に視線をやることもなく、ころりと床を転がって避け、前に進んだ。
 タッ、とレンの床を蹴る足音が回廊に響く。
 誰かを庇うように賊が2人、レンの前に立ちはだかったが、それらをあっさりと斬り倒し、レンが賊たちを威圧する。
 こんな状況でも、彼の剣技は素晴らしい。どこにも余計な力の入らない構え。立ち姿。最強の武人は戦場でなくても最強で、身にまとう空気が他とは違う。
 レンの背中に怒りのオーラが見えるようで、ああ白鬼だ、とタカヤは思った。
 バッ、と再び上から網が落とされるが、それもレンには届かない。くるりと身をひるがえし、あっさりと網を避けて賊の残りに更に近寄る。
 一方の賊の方も、逃げるつもりはないらしい。レンと向かい合い、じりじりと後ろに下がりつつも、背中を向けようとはしなかった。

 レンの殺気に気圧されているのもあるようだが、逃げられないと悟っているようでもある。
 良くも悪くも、レンの実力をよく知っているらしい。
「お前ら、何者だ?」
 タカヤの問いには誰も返事をしなかったが、「その、服……」とレンが言うと、びくりと賊たちが肩を震わせるのが分かった。
「剣を、捨て、ろ」
 怒りを湛えた声で、レンが賊たちに命令する。
 勿論、素直に剣を捨てる者はいないが、レンは構わず賊たちの剣に剣を打ち付け、次々と手から落とさせた。
 ガキンと切り結ぶ暇も与えない、圧倒的な力の差。
 顔に布を巻き付けていて賊たちの表情は分からないが、そのレンの強さに目を輝かせているのは分かる。
 敵を見る目ではないと、タカヤは思った。
 それと同時に、相手の素性も何となく察せられた。

「ミホシの者か」
 落とされた剣が跳ねる音と共に、タカヤの問いが回廊に響く。
 ほんのわずかの間に剣を持つ者はいなくなり、立っている賊はただ1人だけになっていた。
「ミホシの者が、なぜオレを狙う? 誰かの仇討か?」
 確かにタカヤは、ミホシのまだ年若い王太子を殺した。だがあれは戦時でのことだし、逆にタカヤが命を落としていた可能性もある。
 レンはタカヤを見逃したが、それは絆あってのことであり、通常では有り得ない。
 ニシウラでも多くの者が亡くなった。
 だがそれはやはり戦時でのことで、レンに憎しみをぶつける者がニシウラにいないのと同様、ミホシの者がタカヤに恨みをぶつけるのも、間違っていることだった。
 そんな条理も分からないのか? タカヤが怒りと嘲りを交えて問うと、最後に残った賊が「違う!」と叫んだ。

 頭上からカタンと音がする。だが、網が落とされる前にその賊が手を挙げ、「もういい」と仲間を抑えた。
 やはり聞き覚えのある声だと思った。そして、それはタカヤの勘違いではなかったらしい。
 レンが賊に向けて剣を振るう。その一閃で、顔を覆っていた黒布が斬り裂かれ、はらりと回廊の床に落ちた。
 吹き抜けの頭上の窓から差し込む光で、相手の顔はよく見えた。
「カノウ……」
 王城に到着した時の出迎え役をした、近衛兵隊長。ルリ王女の結婚相手であり、タカヤの妃となったレンに馴れ馴れしく接する者。
 初対面の内からタカヤへの敵意を隠さなかった相手。そのカノウが、いつもと同様に敵意に満ちた目を、タカヤの方に真っ直ぐ向けた。

「なんでお前を狙ったか? そんなの決まってる。お前がレンを奪ったからだ!」
 カノウの叫びが、回廊中にこだました。
「確かにミホシは負けた! だが敗戦の証にと、王子を虜囚として連行するなど許されない! ミハシ=レンは、ミホシの次の王だ!」
 憎々しげに叫ぶカノウに、タカヤは小さく顔を歪めた。
 確かに、一国の王子を虜囚の花嫁として連行したのは間違っていた。道中、見せしめのように金の枷に繋ぎ、尊厳を打ち崩そうとしたのも間違っていた。
 レン自身も、そんなタカヤの仕打ちに傷付いていただろう。
 ミホシとミホシの最強の敵を貶め、自分を高く見せる。そんな卑怯な振る舞いだったことは、言い逃れしようもない事実だ。タカヤも深く反省し、未だに悔やんでもいる。
 そこを突かれれば反論できず、タカヤはぐっと黙り込んだ。
 逆に、カノウは更に言葉を重ねた。
「レンはミホシの王座に座るべきだ。それが、敵国の王妃だと!? ふざけんな! レンを返せ! お前さえいなければ……!」

 激高したように、カノウが剣を抜き1歩踏み込む。
 だが、その腕はあっさりとレンに掴まれ、捻じり上げられて剣を落とした。
 カラン、と剣の落ちる音が響く。
 そして同時に、レンの静かな言葉も、回廊の中に響き渡った。

「オレ、はもう、ミホシの人間じゃ、ない」

「レン! オレは……!」
 カノウが言い募ろうとしたが、それにレンは首を振り、更にとつとつと彼に告げた。
「オレは、ミホシの王、には、ならない」
 そんな彼の宣言に、カノウの顔が泣きそうに歪む。だがタカヤは、とても同情する気にはなれなかった。
 タカヤが胸を痛めるのは、雄々しく美しく戦う最愛の妃のためだけだ。
 頭から粘着網を被ったままでは格好つかないが、静かに歩み寄り、カノウを制圧する妃の肩をそっと叩く。
 それを合図に、レンはカノウの拘束をほどいた。すかさずレン付きの護衛兵たちが駆け寄り、代わりにカノウを取り押さえる。

「オレが、ミホシの王位継承権、捨てない、の、は、生まれを否定したくない、から、だ。鬼子って言われて、も、王族だ、って。両親の子だって、思いたかっ、た」
 レンの言葉だけが、敵味方入り混じる回廊に落ちた。
 その独白は、タカヤも初めて聞かされた本音だった。きっとカノウも他の賊たちも、同様だったのだろう。反論する者は誰もいない。
「でも……こんなことになるんなら、放棄、する」
 キッパリとそう言い切った妃の声は震えていて、タカヤは迷わず、その肩を抱き寄せ、抱き締めた。

(続く)

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