小説 1−13
白鬼の里帰り・8
レン達に手を振ってから中庭沿いの廊下をしばらく歩いていると、1階の奥にある回廊の前に差し掛かった。
壁の両面に色とりどりの石が埋め込まれ、見事なモザイク模様を描いている場所だ。
人がすれ違えない程ではないが、通路の幅はやや狭い。その分天井までが吹き抜けになっていて、そこから漏れる光の加減で、壁のモザイクを美しく彩らせていた。
ミホシの王城の名所の1つだということで、ここには1度レンに連れられて訪れている。
「うちの城にも、もっとスゲーの作るか」
そんなタカヤの言葉に、レンも「そう、だねー」と苦笑していた。
今は妃もいないので、じっくり眺めようという気にはならなかったが、ここをぐるりと抜ければ、大広間の方に出る。そこからの方が主賓室に戻る階段に近いので、タカヤは侍従と護衛を連れて、薄明るい回廊へと進んだ。
ひんやりとした回廊の中には、今は誰もいないらしい。タカヤと侍従と2人の護衛、4人だけの足音が響く。
外から誰かが入って来れば、足音だけで気付くだろう。そう思いながら半ばまで進んだ時――。
カタリ。
小さな物音が頭上から聞こえて、タカヤはハッと上を見上げた。
彼の目に白い物が映ったのは、一瞬だった。護衛兵たちも同様のようで、タカヤと共に剣を抜き、白い物を斬り払う。しかしソレは真っ二つになりつつも、そのままタカヤらの上に被さって、剣ごとべったりまとわりついた。
ひと月ほど前のレンの姿を思い出し、あれと同じだと悟ってギョッとする。
敵か?
「誰だ!?」
タカヤは張りのある声で叫びつつ、ベタベタの網を振り払おうとした。
回廊の中にタカヤの声だけがうわんと響くが、誰からも返事はない。もがけばもがく程粘着性の網が絡み付き、剣で斬り付けることもできない。
「陛下、外に!」
同じく網に絡められながら、護衛兵がタカヤを促す。
だが、タカヤらが元来た道を戻ろうとした時、上から数人の男たちが飛び降りて、彼らの前後に降り立ち、退路を断った。
覆面をしていて顔は見えない。敵の手元に剣があるのを見て、突破は難しいとタカヤは瞬時に考える。
「曲者です! 誰か!」
侍従の叫びが回廊中に響いたが、それに応える者はない。賊の1人があっという間に侍従を倒し、その体を回廊の床に転がせる。
賊は見覚えのあるミホシの軍服を着ていたが、それが本物かどうかは分からない。例え本物だとしても、中身がそうとは限らない。
ここにレンがいれば、賊が誰なのか分かったのだろうか? 全員が覆面では難しいか?
だがここに最愛の妃はいない。それが幸か不幸かは分からなかったが、敵の狙いが今は自分なのだと、それだけは分かった。
「何が狙いだ? こんな真似をして、ただで済むと思うのか?」
頭から粘着罠を被った情けない姿ではあるが、タカヤは王として背筋を伸ばし、堂々と賊たちに相対した。
「オレが誰か知った上での事だろうな?」
タカヤの問いに、聞き覚えのあるような声が「当然だ」と答える。
覆面の下の顔は見えないが、妙に平坦で敵意に満ちた声だ。あの声の主は誰だったか? タカヤは眉をひそめたが、考える間はなさそうだった。
「黙らせろ!」
その声の主が、上から賊たちに鋭く命じた。
タカヤらの前後を挟む連中が、剣をひらめかせながら1歩近寄る。
「ここでは殺すな。痕が残る」
サッと上げられた片手を合図に、再び上から落とされる白い網。まだ賊は上にもいたらしい。蜘蛛の巣のようにバッと広がるその罠を、とっさに床に転がって避ける。
だが、両手をほぼ封じられたままでは、素早く立ち上がることはできなかった。再度落とされる網を、今度は避けることができない。
「ちっ」
窮地に舌打ちをしながら、網に絡め取られ、護衛兵ら共々に拘束される。
すぐに殺される訳ではない。どこに連れて行かれるにせよ、それだけが救いだ。懐のナイフをどうにかして取れれば、抜け出すことも可能かも知れない。
「お前さえいなければ……」
恨み言を聴かされながら、上から網ごと宙に吊るされ、するすると引っ張り上げられる。
こうしてレンも攫うつもりだったのか? 苦々しい思いでタカヤが顔を歪めたとき、回廊の入り口から複数の足音が聞こえてきた。
賊の仲間かも知れない。或いは、無関係な誰かかも知れない。けれどどちらにせよ、これ以上事態が悪くなることもない。
「頭上に気を付けろ! 曲者だ!」
大声で叫ぶタカヤを、先程の男が「黙れ」と剣の鞘で殴りつける。
容赦ない力で頭を殴られ、目の奥に星が飛び、さすがの王もうめき声を上げた。
バタバタと足音が回廊の中に響く。
ちっ、と目の前の賊が舌打ちをした。
「退け!」
男の合図に、賊たちが一斉に動き出す。だが連中の撤退よりも、駆けて来た誰かの足の方が早かった。
「タカヤ!」
愛おしい妃の声を聞いたと思った瞬間、吊り下げられていた体ががくんと落ち、下で誰かに受け止められた。
タカヤを受け止めたのは、レンに付かせていた護衛兵。
「陛下、お怪我は?」
焦った声で問われながら、護衛の剣で網を裂かれ、辛うじて両手の自由を取り戻す。
「ああ、助かった」
兵たちをねぎらいつつ、周りを見回しながら立ち上がるタカヤ。
そのタカヤのすぐ前に、抜身の剣を構えたレンがいて――。
「逃がすと、思う、か?」
ひどく冷たい声を吐き、立ち竦む賊たちに近付いた。
(続く)
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