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小説 1−13
白鬼の里帰り・7
 ニシウラにおいてパーティが催される時は、勿論レンも王妃として出席していた。
 パーティをやりたがる程積極的ではないものの、賑やかな中で豪華な食事を取るのを好んでいたようでもある。
 座って料理を囲む宴会も、立食で多くの者と社交をする夜会も、どちらも王の隣で嬉しそうにしていた。
 だがミホシの王宮での夜会は、どうやらレンの好みではないらしい。
「パーティ、行く、の?」
 侍従たちに着飾られながら、うんざりしたような顔でぼやいていた。
「そりゃ、1回も出ねぇって訳にもいかねーだろ」
 タカヤに苦笑しながら抱き寄せられ、むうっとした顔で「うん……」とうなずく。なぜそこまでパーティを嫌がるのかは、宮廷人達の態度で王にも何となく察しはついた。

 自国の将軍でななく、隣国の王族としての出席だからか、直接レンに対して何か言って来るような無礼な輩は勿論いない。
「これはこれは、両陛下」
「仲睦まじいとの評判は本当ですな」
 愛想笑いと共に声を掛けられ、タカヤは王として堂々とうなずく。レンはその隣にぴったりと寄り添って、引きつった顔ながら愛想笑いを返していく。
 天井に壁に幾つもの火が灯された、明るい大広間。ニシウラとはまた違った趣の料理や果物がテーブルに並び、酒の入ったゴブレットが交わされる。
 華やかに着飾った者たちのなかで、王妃の宝冠を頭に戴くレンの姿は、タカヤには誰より眩しく見えた。「白鬼王妃」の凛とした美しさを、大いに見せびらかせ、自慢したいような気持ちに浸る。
 だがやはり、何度も夜会に参加しようとは思えなかった。
 妃に向けられる視線が、羨望と尊敬だけではないと気付かずにはいられなかったからだ。

「あの鬼子が……」
「相変わらずの卑しい容姿……」
 ひそひそと囁かれる雑音に、さすがのアベ王も眉をひそめた。こちらが睨むと、こそこそ逃げて行く、その姑息な態度も腹立たしい。
 レンが嫌がることもあって、結局2人はその夜以降、国賓たちを歓迎するという名目のパーティに出席することはなかった。
 主賓の不参加はミホシ王の面目を潰す事になるかも知れないが、宮廷人達の態度にこそ問題があるのだから、アベ王の知ったことではない。
 ミホシ王の甥であり、最強の武人、かつ隣国の王妃でもあるミハシ=レンがどれだけ重要な人物であるのか――その真価を分かっていない輩が多いことに、タカヤはうんざりとため息をついた。
 レンが言うには、生母の身分が低かったせいだろうとのことだが、それにしても程がある。
「昔はパーティ、にも出られなかった、から、今はまだマシ、なんだ、よ」
 沈んだ声でとつとつと語る妃を抱き締めて、「そうか」とうなずく。

 主賓室に籠り、2人だけで飲む酒は夜会で飲むものより格段に美味い。長椅子に隣り合って座り、酒を口移しで飲ませ合い、やがてそこに妃の体を押し倒す。
 「敵」のいない部屋ではレンもリラックスするようで、王を甘い眼差しで見上げ、誘うように腕を伸ばした。


 不愉快なことばかりのミホシの滞在だったが、ルリ王女だけはやはり別格だった。
「レンレン、ケーキ焼いて来たの。懐かしいでしょ?」
「うえ、た、食べられる、の?」
 顔を歪めるレンに、「失礼ね」とむくれる従姉妹姫。
「お茶の淹れ方も上手になったんだから。一緒に飲もうよ、ね?」
 そんな風に無邪気にレンを誘う様子は、タカヤの目から見ても、仲の良い従兄妹同士だ。弟のカタキであるタカヤに対しても、負の感情を見せることはない。
 それどころかレンの昔の思い出話を語ってくれもして、タカヤの方から悪感情を抱くことはなかった。
 ニシウラでのレンの様子を、タカヤに訊くこともある。
「相変わらず、剣の練習大好きなんだね」
 呆れたようにそう言って、王女はレンと似た顔をほころばせていた。

 だからタカヤの王女に対する警戒感も、日ごとにどんどん薄れて行った。
「レンレン、バラの庭でお茶しない? 昔みたいに、バラの花びらを浮かべるの」
 そんな乙女らしい誘いに、「行って来いよ」と王妃だけで行かせることもあった。
「ええっ、タカヤ、は?」
「オレはバラみてーなの苦手だ」
「うそ、お風呂によく浮かんでる、よっ」
 素の顔で言い返すレンを愛おしそうに眺め、「いーから」と行かせる。勿論、レンに帯剣させるのも忘れない。侍従も護衛もつけ、警戒は怠らない。
 ただ、ルリ王女と一緒にいることで、最愛の妃の気分転換になればいいだろうと思った。
 時々王女にくっついて来るカノウの態度は相変わらずだったが、それもタカヤに対してだけなので、レンへの危害はないだろう。
 そもそもミホシ訪問は、レンの安全を図るためのものだ。
 結婚式の主役である、ルリ王女と一緒にいることは、ミホシの国内で最も安全なのではないかとも思われた。

 レンとルリ王女が2人で過ごす間、タカヤもまた侍従や護衛を連れて、ミホシの王城内を散策した。
 山を背にする広大な敷地、城壁の警備の様子、兵士たちの動き、階段の構造、複雑な通路……。どれをとっても自国とは違い、感心する点もあれば呆れる点もある。
 妃の案内で回る事もあったが、そうなればどうしても宮廷人とすれ違う時、互いにピリピリしてしまう。
 アベ王1人の時には無礼な態度がないのだから、その点も呆れる要因なのだが、少なくともレンに気を遣うこともない。
 レンにはいつも笑っていて欲しい。できれば自分の側だけで、と思ってはいるが、従兄妹同士の語らいに割って入る程野暮でもない。
 隣に妃のいない物足りなさを感じつつ、タカヤは1人、他国の王城を視察した。

 そうしてあちこちを見て回る途中、中庭に差し掛かり、タカヤはふと立ち止まった。
 その視線の先には四阿があり、レンとルリが小さなテーブルを囲って王女の手作りのクッキーをつまんでいる。
 その様子はここ数日でよく見る光景だったが、今日主賓室にレンを誘いに来た時は、王女と一緒にカノウの姿もあったハズだ。
 カノウは一緒ではなかったのだろうか? 疑問に思いつつ眺めていると、タカヤに気付いたレンが、嬉しげに頬を緩め、こちらに手を振って来た。
 それに笑って手を振り返し、再び廊下を歩き始める。
 カノウが一緒でないのは不思議だが、元より興味がないし、タカヤにとってどうでもいい。何より、不快なあの視線を見なくて済む。
 横恋慕が誤解だとしても、レンに必要以上に親しげな態度を取る様は、隣で見ていてあまり気分の良いものではなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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