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小説 1−13
白鬼の里帰り・6
「ニシウラ国王陛下、並びに王妃陛下、ご入室でございます!」
 近衛兵の高らかな口上と共に両開きの扉をくぐり、タカヤはレンと共にミホシ国の謁見の間に入った。
 戦勝国・戦敗国の国主同士の関係なのだから当然の事だが、ミホシ王は玉座を降り、アベ王たちと同じく紅色のカーペットの上に立って2人を迎えた。
「ようこそミホシへ。遠路はるばるおいでくださり、嬉しく思います」
 ミホシ王はタカヤと拍手を交わし、それから甥であるレンに笑みを向ける。
「レンも、元気そうで何よりだ」
「このたび、は、お招きあ、りがとうござい、ます」
 レンの声はやはり固いままだったが、ミホシ王はあくまでもにこやかで、2人の間も友好的に見えた。
「このところ連夜、皆様の歓迎パーティを開いておりますが、長旅でお疲れでしょう。ひとまずお部屋でごゆるりとお過ごしください」
 ミホシ王の言葉にアベ王も「そうですね」とうなずき、侍従たちに持たせていた大量の贈り物を、接見の最後に積み上げさせた。

 結婚の祝い品にしては過剰な程の量だったが、この辺りには国力を示すための見栄も入っている。
「この度のご結婚祝いです。些少ですがお納めください」
 ミホシ王や、その後ろに立つカノウの目がわずかに見開かれるのを見て、アベ王は満足げにニヤリと笑った。

 その後案内された客室は、この王城の主賓室だった。招待を受けた各国の参加者の中で、最も身分が高いのだから当然のことだ。
 周辺の諸外国から大使として来ているのは、王子や王女、大公など、それでも王族が多いらしい。
 大国であるニシウラにおもねってか、或いは名高い「白鬼」を見ようとしてか? タカヤたちが客室に落ち着くと間もなく、それらの大使たちが次々に挨拶に訪れた。
 ミホシの王族も何人かが同様に挨拶に来た。
「お目にかかれて光栄です」
「両陛下の名声は、我が国にまで聞こえております」
 誰もかれも口にすることは大体同じで、タカヤとレンの顔を見ると長居せずに帰って行く。
 あまりダラダラと居座られても迷惑だが、お世辞を言った後早々に引き取られても、敬遠されているようで気分の良いものではない。
 だがそれも、レンが言うにはタカヤのせいであるようだ。

「タカヤ、顔怖い、から」
「それはお前もだろ」
 妃の言葉にすかさず反論し、彼の白い頬を撫でる。
 王城で誰かに謁見する際、いつも王の隣で静かに黙っているレンは、今は戦地に赴く直前のように、ピリピリと顔をこわばらせていた。
 祖国に帰っているハズなのに、まるで敵地に赴いているかのようだ。
 レンの安全を第一にと、帰郷をもくろんだのは失敗だったのだろうか? 王はふと眉をひそめたが、レンの王都での事件以降、誘拐殺害事件は1件も起きていないのも事実だ。
 やはりあれは、レンを狙った罠だったのだろう。
 名高い「白鬼王妃」を狙う輩は、率直に言って数多いと思われる。王太后派の残党もまだいるかも知れないし、南の隣国のこともある。武力の弱体化を考えれば、周辺の各国に狙われても不思議ではない。
 レン本人は、「あ、暗殺とか、大丈夫、だよ」と平然とした顔で言っていたが、そう言われれば余計に不安になるというものだ。

「オレの側から離れんなよ」
 長椅子の隣に座る妃の肩を抱き寄せて、こつんと額をくっ付け合い、唇を重ねる。
「タカヤ、こそ」
 レンは長いキスの後、王の肩によりかかって、ようやくわずかに頬を緩めた。

 訪問者が途絶え、まったりと休憩を始めた頃、結婚式の主役の王女がレンに面会を求めて来た。
 レンの従姉妹であるルリ王女は、ミホシ王や亡き弟王子と同じ黒髪の姫だったが、どことなくレンに顔立ちが似ていて、血縁を思わせる。
 かつて少年の頃、『誰にも似てないんだって』とレンは泣いていたが、こうしてミホシを訪れてみれば、どことなく皆レンと面影が似ているように思えた。
 その薄茶色の髪や琥珀色の瞳の他に、レンを鬼子として排除したのは、別の理由があったのかも知れない。
 だが部外者であるタカヤには、それ以上他国の事情に踏み込むことはできなかった。そしてまたルリ王女は、レンに忌避感を抱いてはいなかった。
「レンレン、久し振り。元気そうで、よかった」
 ルリ王女はタカヤに型通りの挨拶をした後、久々に再会する従兄弟に向けてホッとしたように微笑んだ。
 またレンの方も、ルリを警戒してはいないらしい。
「ルリ、も。おめで、とう」
 とつとつと祝福の言葉を贈り、ルリ王女に緩んだ笑みを向けた。

 正直なところ面白くはなかったが、タカヤは敢えて口を出さず、従兄弟同士の再会を隣で眺めた。
 そこで分かったことだが、どうやらルリ王女の結婚相手は到着時に先導してくれたカノウという青年だったようだ。
 レンに対する慣れ慣れしさと、こちらに向ける敵意とが重なって、タカヤの彼に対する好感度は高くない。レンに横恋慕でもしていたのかと、密かに邪推した程だ。
 だが、その彼が間もなく王女と結婚するというのだから、横惚れ云々はタカヤの杞憂だったのだろう。
 それにしてはタカヤを見る目に敵意が満ち過ぎていたが――かつて敵同士として戦をし、多くの犠牲者を出した過去を考えれば、それも無理のないことだった。
 かつての王太子、リュウ王子を殺したのはタカヤ自身だ。手加減することもできたのに、しなかった。あの時は、ひどく残酷で傲慢になっていた。
 今でもその傾向はなくなっていないかも知れないが、隣には最愛の王妃が最強の武人として座っていて、王に余裕を与えてくれる。

 返せと言われても返さない。また、そう口にすることも許さない。
 レンはニシウラ王アベ=タカヤにとって、最も大切な宝であり、結ばれるべくして結ばれた、運命の伴侶だった。

(続く)

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