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小説 1−13
白鬼の里帰り・5
 かつて戦乱の場となった、ミホシと接する北側の領土は一時期荒れ果てていたものの、2年の時を経て随分と復興を果たしていた。
 何度か視察には来ていたが、荒れた領土が少しずつ傷を癒していく様子は、王として安心する。
 それは王妃も同じ思いだったらしい。
「だいぶ、復興した、ね」
 馬車の中でそう言って、遠い目でかつての戦場を見回していた。
 その様子は国境を越え、ミホシの領土に入っても変わらなかったが、首都に近付くにつれ、口数が次第に減って行った。
 ニシウラの王城を出発して5日、国境を越え、馬車をゆっくり走らせて7日。首都の大門を抜けた後、レンの顔はすっかり「王妃」から「将軍」の顔に変わり、むっつりと黙りがちになった。
 物憂げに眉を下げ、唇を固く引き結び、馬車の中で静かに待機するレン。
 従姉妹の結婚式に呼ばれ、夫と一緒に実家に帰るだけなのに――なぜそんな、戦いに赴くような気持ちでいるのか、アベ王は不思議に思った。

「久々で緊張してんのか?」
 からかうように尋ねても、小さく首を振られるだけで、いつものようににこりと笑っては貰えない。
「きんちょー、じゃない」
「じゃあ、何?」
 こわばった頬を軽く撫でても妃は笑わず、陰鬱そうな目を王に向けた。
「オレ、軍人として、しか、お、王宮にいたこと、ない」
「軍人?」
 確かにレンは類まれなる軍人だ。「ミホシに白鬼あり」と言われ、最強の武人だと周辺諸国に噂されていた。その強さが伊達ではないと、アベ王はよく知っている。
 この先は、「アベ王の隣に白鬼王妃あり」と言われたいものだとも思っている。
 だが、ミハシ=レンは軍人である前に、ミホシの王子だ。それがなぜ……? そう思って、王はハッと過去を思い出した。

『オレ、どこにも居場所、ない』
 どこかの離宮の夜の庭、透き通るように白い少年は、月明かりの下たった一人で寂しそうに涙ぐんでいた。

「でもお前、頑張って『白鬼』として地位を上げたんだろ?」
「そう、だけど。オレの価値、は、戦場にしかなかった、よ」
 アベ王の問いに、淡々と答えるレン。その答えが過去形であることに気付き、わずかにホッとするものの、納得のいかない気分は続く。
 かつて王が、気まぐれにレンを戦勝の証にと望んだのは、レンこそがミホシ最大の宝だと思ったからだ。最強の将軍であり、次の王だろうと目されていた彼を奪って、ミホシに敗戦を突き付けるつもりだった。
 ニシウラだけでなく、周辺の諸外国のどこから見ても、ミホシの1番の宝はミハシ=レンだった。だが、ミホシにとっては違ったのだろうか?
 眉をひそめる王の隣で、レンは再びむっつりと黙り、物憂げに馬車に揺られている。
 やがて王城の門をくぐり、王と共に馬車から降りても、身にまとう空気は変わらなかった。

「レン将軍。お久しゅうございます」
 馬車を迎えた兵士たちが、レンを見て一斉にひざまずく。
 レンの言葉とは裏腹に、兵士たちからは慕われているようで、アベ王の心にさざ波が立つ。
 歓迎されているのは結構だが、それは他国の王妃への態度ではない。王の周りに控える近衛兵たちも、あまり面白くはなさそうだ。
 レン自身もそれを思ったようで、淡々とした声でミホシの兵たちを牽制した。
「オレは、もう、ミホシの人間じゃ、ない」
 レンの言葉に、迎えの兵たちがビシリと固まる。
 その凍った空気の中、城の大扉の方から「レン」と呼ぶ声が響いて来た。見れば、近衛兵と同じ軍服を着込んだ青年だ。派手な肩章を着けていることから、それなりの地位にいる者だと分かる。
「レン、お帰り」
 青年は王妃の元に駆け寄り、親しげにその身を抱き締めた。

 アベ王が苛立ったのは、勿論の事だ。
「誰だ?」
 不機嫌な雰囲気を前面に出し、低い声で尋ねながら最愛の妃の体を抱き寄せる。
 当然のことだが、青年もアベ王が誰なのか分かっていたらしい。慇懃に礼をして、作り笑いで歓迎の言葉を口にした。
「これは失礼いたしました、ニシウラ王陛下。ミホシの近衛兵隊長を務めます、カノウと申します。ミホシへようこそおいで下さいました」
 表面上、言葉と態度は丁寧だが、アベ王に向けられる目は笑っていない。
 だがそこに、レンが固い声で割って入った。
「カノウ、君。お、おめで、とう。後、彼はオレの、大事な人、だ。そのように、扱って」
 レンがアベ王の腕に腕を絡めると、カノウと名乗った男も、周りの兵士も、一斉に「はっ」と返事をした。だが、アベ王に向けられる視線は鋭いままで、苛立ちはますます強くなった。

 更に王を苛立たせたのは、王宮に入ってからの、宮廷人達の態度だった。
 2年前までは敵国だった国の王である。今でこそ友好条約を取り付けてはいるが、王自身の心象が悪いのは仕方ない。
 だが、レンに対しての視線も、必ずしも好意的ではなさそうだ。
「白鬼が……」
「あの鬼子が今更何の用で……」
「ああ恐ろしい、あの目……」
 カノウに先導され、謁見の間へと歩く道中、そんなひそひそ声をあちこちから向けられて、胸の奥が煮えたぎった。
 歓迎されない、と、レンからあらかじめ聞いてはいたが、これ程とは思わなかった。
 タカヤにとって、レンは最愛の王妃である前に、最も警戒していた最強の敵将軍だった。ミホシ相手に苦戦したのは、戦場を縦横無尽に駆け回る「白鬼将軍」のせいである。
 ミホシが独立を保っていられたのも、「ミホシに白鬼あり」と謳われた、彼の存在あってのことだ。

 そのレンに対して、なぜそんな嘲りの目を向けることができるのだろう?
 ミホシ王はなぜ、それらを許しているのだろうか?
 ギリッ、と奥歯を噛み締めた王に、隣に立つ王妃が宥めるように手を触れる。
「言った、でしょ」
 こそりとそう囁いて、レンがタカヤをちらりと見上げた。愛おしい妃の口元に、ぎこちない笑みが刻まれる。
『すっとオレの隣にいて、ね』
 出発の直前、甘えたように言われた言葉を思い出し、タカヤも冷静さを取り戻した。

(続く)

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