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小説 1−13
白鬼の里帰り・4
 王妃レンの説得は、王にとってなかなか大変だった。
 何より予想外だったのは、王妃が頑なに「歓迎されない」と言い張る事だ。
「でも実際、こうして招待状が来てんじゃねーか」
 そう言って親書を見せても、それは建前なのだと王妃は言う。
「招待、しないと問題、でしょ」
 確かに王妃の言う通り、周辺諸国に出した招待状がこのニシウラにだけ届かないのも問題だ。それ程親しい国でないなら、王族ではなく大使が出席する場合もある。建前の招待状というものが存在しない訳ではなかった。
 ただ、自国の王子を歓迎しないというのもおかしな話だ。
 しかも、レンはただの王子ではない。最強の武人と言われ、事実上の守護神でもあった軍の筆頭、白鬼将軍だ。
 王太子亡き後は、次の王太子に指名されていてもおかしくない。現にミホシの王太子は、戦後2年経つというのにまだ決められていない。
 レン王子の不在がそれに関係しているとしか、アベ王には思えなかった。

 ただ、以前はどうでも、今のレンはニシウラの王妃だ。勿論ミホシに返すつもりは毛頭ない。
 今朝の事件がなければ、「行きたくない」という王妃の言い分を、王も考慮したかも知れない。
 だが半年前の、王太后と南の隣国の大使によるレンの拉致事件のこともある。今朝のあの粘着性の網は、考えれば考えるほど厄介だ。
 最愛の王妃の安全を1番に考えるなら、今は最も信頼のできるミホシに滞在させる方がいい。
 例え王妃の言葉通り、戦時でもない白鬼の存在が歓迎されなかったとしても、命を狙われることはないだろう。
「心配すんな、オレも行く」
 未だためらう王妃の右手を握り、王は力強くうなずいた。
「お前の居場所は、オレの隣だろ?」
 自信に満ちた笑みでキッパリ言い切ってやると、さすがにレンもうなずくしかないようだ。

「オレの側、から、離れない、で、ね?」
 らしくない様子で願われて、王は「当たり前だ」と請け負った。
 この凛々しい白鬼王妃に、こんな自信無げな様子は珍しい。いつも強気で、兵たちの先頭に立つ姿も眩しく愛おしいが、たまにはこんな風に甘えられるのも悪くない。
「お前こそ、昔馴染みとかに呼ばれてふらふらどっかに行くんじゃねーぞ?」
「オ、レを誘う知り合いなんて、いない、よ」
 憂いを含んだ顔で首を振る王妃に、「そーか?」と言葉を返して手を伸ばす。王の手を取った王妃は、誘われるまま王の胸に抱き着いて、自ら王に口接けた。


 レンの渋々の承諾を受け、王城ではさっそく首脳陣による会議が開かれた。
 その会議によって暫定的に決められた事は、幾つかある。
 ミホシまでの道中の安全を確実にするため、王と王妃のミホシ訪問は直前まで周知されない事。国境までの道中は、軍の演習を装い、それなりの軍備にて赴く事……。
 また南からの侵攻に備え、そちらの防衛にも注視する事も、その会議では決められた。
 王妃レンの早朝の走行訓練は自粛するべきとの声もあり、王もそれには賛成だったが、レン自身によって反対された。
「い、いつも通りにした方、が、いいと思う」
 ただ単に訓練を続けたいだけの可能性もあるが、裏路地に入り込みさえしなければ、兵に囲まれて走る分には安全かも知れない。
 結局、何か異常が見付かるまで、との条件で、王妃の走り込み訓練は、前日まで続けられることになった。

 朝の繁忙な城下町を、王妃レンはいつものように兵たちを従えて淡々と走る。その手に持つのは、かつてのリンゴではなく、鞘に納められたままの剣。
 戦場でなるべく長く剣を振るい続けられるようにとの、レンの訓練は未だに続く。
 レンの方針は近衛兵は勿論、騎兵や歩兵たちにも受け継がれ、握力を鍛える訓練は、ほとんどすべての兵士たちに広まった。
 国軍の底力は、敵国の将軍であったレンを快く迎え入れてから、着実に上がり続けている。
 勿論、そのようなことのために国に連れて来た訳ではないのだが、王の隣で大人しく座っているよりも、兵士たちに囲まれて剣を振るっている方が、王妃自身、生き生きとしているのだから仕方ない。
 また宰相や各大臣たち、国の首脳陣にとっても、王妃レンの存在は今や重要であるらしい。
「あの王妃陛下を、『戻せ』と言われるならともかく、歓迎しないなどと……やはり間違いではないのでしょうか」
 宰相の言葉に、「そう思うよな」と王も同意する。
 レン自身はかつて、戦場にしか居場所がないのだと嘆いていたが――それは戦時下だからであり、今は違うのではないかと思われた。

「お前、ミホシの王位継承権はまだ持ってんだろ?」
 王の問いに、レン王妃は渋々とした顔でうなずいた。
「そ、れは持ってる、けど……、でも、建前、だし」
「また建前かよ」
 言い訳じみた妃の言葉に、王はふっと苦笑する。
 建前としての王位継承権については、王自身にも覚えがあるので、それについてはおかしな事だとは思えない。
 アベ王の弟王子シュンには、未だに王位継承権2位が与えられている。
 ちなみに1位は、王妃レンだ。
 それについては王太后派による反対意見もあったが、半年前のあの事件を経た後で、その反論は全て封殺された。
 ただタカヤ自身も、王妃を一人残して死ぬつもりなど毛頭ないので、これはあくまで建前である。

 建前による、2ヶ国の王位継承権を持つレンは、この国にとっても、またミホシにとっても、重要な位置にあるのは間違いない。
 その最愛かつ大事な王妃を守るため、王妃のミホシへの初めての帰郷は、秘密裏に粛々と進められた。

(続く)

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