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小説 1−13
雨の日に1人・前編 (原作沿い高1・阿→三)
 放課後9組の教室を覗くと、三橋の姿が見えなかった。
 中間試験の1週間前、今日から部活は停止になるから、勉強を見てやろうと思ってのことだ。
「三橋は?」
「もう帰ったぜ」
 教室に入って田島と泉に声を掛けると、廊下の方を指差された。
「帰った? 早ぇな。勉強会どーすんだ」
 思わずぼやくと、2人は意味深に顔を見合わせ、「大丈夫じゃね?」と肩を竦めてる。
「女子と一緒だから。お前のクラスの……誰だっけ、メガネの女子。頭いいんだろ?」
「メガネ……?」
 女子と一緒、って言われて、胸の奥が小さく軋む。
 同じクラスのメガネの女子には心当たりねーけど、三橋がこの前、誰かから告白されたっつーのには覚えがあった。

 ふらっと窓際に寄り、校舎の窓から校庭を眺める。ちょっと前から降り出した雨で、景色がちょっとけぶって見える。
 校門の方に向かう色とりどりの傘の群れは見えるけど、どれが三橋かなんて分かるハズもなかった。
 アイツ、傘持ってんのかな?
 ザアッと音を立てて降る雨に、ふと三橋の真っ黒なデカい傘を思い出す。ふわふわした見かけによらねぇゴツイ傘で、台風に煽られても壊れそうになかった。
 エースの肩を濡らさねーためには最適だと思うけど、アイツの周りに人を寄せ付けねぇバリアのようにも見えたっけ。
 そのメガネの女も寄せ付けねーんじゃねーかとは思うけど、だからって良かったとは思えねぇ。
 きっと今頃アイツは、そのメガネ女と並んで色違いの傘なんか差してんだろう。
 それとも、あのデカい傘の中に入れてやったりしてんだろうか?
 女に気ィ使って、肩濡らすんじゃねーぞ? ムカムカした思いを抱えたまま、窓の外を見下ろしてため息をつく。

 雨なんか大嫌いだ。
 三橋の顔が見えねぇ。

「三橋いたか?」
 いつの間にか隣に立ってた田島に訊かれ、「いや」と答えて窓から離れる。
「まあ見えねーよなー」
「けどどうせ、女連れで勉強すんなら、ファミレスかファストフードだろ? 雨だから公園でって訳にもいかねーしな」
 泉が達観したようなことを言いながら、カバンに荷物を詰めていく。
「そんで、オレらの勉強会はどーすんだ? 三橋いねーけど」
「ああ……」
 三橋がいなくても、勉強しねーって選択肢はねぇ。けど、三橋がいねぇってだけで、勉強風景が色褪せんのは確かだった。
 元はっつーと、野球部の主力である三橋と田島が赤点取らねーよう、必要にかられての勉強会だったけど……回数を重ねるごとに、オレの中ではその意味合いも変わってった。
 けど、それを今コイツらに告げても仕方ねぇ。

「花井らに相談してみるか」
 誰にともなく呟いて、雨にけぶる窓に背を向ける。
「ファミレスかファストフード行かねぇ?」
「お前……魂胆が見え見えだぞ」
「だって気になるじゃーん」
 田島と泉がわいわい話すのを聞きながら廊下に出ると、ちょうどカバンを持った花井や水谷と遭遇して、相談する手間が省けたなと思った。


 勉強会は、結局田島んちで行うことになった。
 大家族の田島家は、勉強してても入れ替わり立ち代わり人が覗いて、お茶やら芋やら持って来ては、ちょっと話して去って行く。
 同じように広くても、しーんとして誰もいねぇ三橋んちとは大違いだ。
 そう思ってふと、そのメガネ女を家に連れ込んでねーよな、って考えが浮かんで、ドキッとした。
 あの純情で奥手そうな三橋のことだから、女と2人きりになったって、緊張するだけで何もできそうにねーとは思うけど。告白して来たのが女の方だっつーし、魔が差すってこともある。
 ノートに書き込んでた手を休めると、みんなのシャーペンの音と共にザアッと外の雨音が聞こえて、ますます落ち着かねぇ。
 雨は嫌いだ。
 野球できねーし、グラウンドの状態が悪くなる。
 試験期間中の今だって、こうしてオレの集中力を妨げてる。
 三橋の黒い傘が頭をよぎる。

「阿部、どうした?」
 花井に訊かれ、「いや……」と答えて再びノートに目を落とすけど、公式も計算式も何も頭に入って来なくて、これ以上勉強はできそうになかった。
「ワリー、帰る」
 諦めてノートを閉じ、筆記用具を片付ける。
「まだ雨激しいぞ」
「そーだよ、小降りになるまで待てばいーのに」
 みんなに軽く止められたけど、どうせ待ってたって集中できねーし、逆にみんなの勉強の邪魔になっても困る。
「いや、ちょっと用事思い出して」
 カバンを抱え、キッパリ告げると、それ以上引き留められはしなかった。
 玄関まで田島に見送られる間に、「ファミレス行くのか?」ってぼそっと訊かれたけど、「はあ?」とだけ返事して、ドキッとしたのは誤魔化した。

「阿部、傘は?」
「オレはカッパだ」
 カバンの中から自転車用の黒いカッパを取り出して、玄関先で見に着ける。「お邪魔しました」と一声かけると、田島のオバサンが出てきて、息子と2人で見送ってくれた。
 外に1歩出ると、ザアッと激しい雨がカッパを打つ。
 この雨は、いつやむんだろう?
 ずぶ濡れになったって、八つ当たりなんか誰にもできねーし、八つ当たりするようなヤツもいねぇ。
 三橋が、いねぇ。
 ――ファミレスか、ファストフードか。それとも誰もいねぇ三橋家か。
 ふとそんな言葉が頭に浮かんだけど、ぶんっと首を振り、雨粒と共に追い払う。
 そんでも、自転車で向かうのは三橋んちと同じ方向、で。

 気が付くと、分かれ道を自分ちとは違う方に進んでて、我ながら諦め悪ぃなと思った。

(続く)
※お題配布サイト「レモン色でさようなら」様からお題をお借りしています。「雨の日に一人」https://alicex.jp/byebyelemon/25/ より。

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