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小説 1−13
白鬼の里帰り・12 (終)
 その日は夜が更けるまで睦み合っていたため、訪問者は一切受け付けなかった。
 ルリ王女やミホシ王までもが釈明のために訪れたようだが、タカヤに強く命じられていた護衛兵たちは、全て部屋の前で跳ね付けた。
 仕える主が違うのもあるし、ミホシよりニシウラの方が上だとの思いもあっただろう。
 また、護衛兵たちも被害者だったため、その護りはより強固になった。
 侍従たちはさすがに外での様子を知ってはいたが、こちらも訪問者を中に通そうとは思わなかった。タカヤたちの邪魔をするなど勿論ない。
 だから、訪問者たちが入れ代わり立ち代わり訪れては追い払われていたことを、タカヤが知ったのは翌朝のことだった。
 勿論、それでタカヤが怒るハズもない。「邪魔すんな」と命令したのは王自身であり、それを忘れる程愚かでもなかった。
 ただ、王妃は「うお……」と顔を赤らめてはいたが、それだけだった。

 そういうこともあったので、カノウの処遇についてタカヤが耳にしたのは、事件の翌日の午後だった。
 抱き潰されていたレンが、ようやくベッドから降り、沐浴して着替えてからのことだ。
 ニシウラの王宮のように専用の大浴場がある訳でもないので、このような場合は不便である。だが小さなタライの中にうずくまり、ぼうっとヒザを抱える妃の姿は可愛らしい。
「レン、洗ってやろーか?」
 くくっと笑いながら申し出ると、むうっとした顔で睨まれる。
「洗うだけじゃ、済まない、だろ」
 上目遣いで王に言い返す様子は、もうすっかりいつもの王妃だ。
 昨日の怒りも嘆きも、昇華させてやれたようでホッとする。それに何より、自分がそれを成せたことに、タカヤは満足感を覚えた。
 この妃を愛するのも、啼かせるのも、宥めるのも、自分の役目でありたいと思う。
「何笑ってる、の?」
 じっとりとした目で睨んで来るのさえ愛おしい。
 溺愛する妃に甘えられ、頼られたことで、タカヤの機嫌もすっかりいつも通りになっていた。

 そんなやり取りの後で、侍従がルリ王女の訪問を伝えて来た。
「どーする?」
 別の侍従に身体を拭かれ、支度されるレンを眺めながら尋ねると、レンはわずかにビクリと肩を跳ねさせ、王の方を振り向いた。
 その視線を受けてニヤリと笑ってやると、決心したようにうなずかれる。
「会う」
 返事は短かったが、色んな思いが込められていた。
「いーだろう。会おう。外で待たせておけ」
 一国の王女への扱いにしてはぞんざいな指示だが、それには誰も反対しない。また、しばらく廊下で待たされていたルリ王女も、不満を漏らしたりはしなかった。

 それどころか、1日ぶりに顔を合わせて、真っ先に深々と頭を下げた。
「昨日は本当にごめんなさい」
 それを「まあいいさ」と余裕の態度で受け入れたのはアベ王だ。
「座れ。茶の用意を」
 侍従に命じてテーブルにつき、隣にレンを座らせる。向かいに座るよう促すと、ルリ王女も軽く頭を下げ、そのまま素直に従った。
 いつもは天気の様子や、互いの装いについての無難な話から会話が始まるものだが、今回ばかりは単刀直入に、カノウの処遇についての話になった。
「結婚式は、やめられないの……」
 申し訳なさそうな複雑な顔で、ルリ王女がそう告げた。
 ニシウラのように王族が少なく、王権が強ければ、王の一声で中止にも続行にもなるだろうが、ミホシではそうはいかないようだ。
 戦の役にも政治の役にも立たない、それでいて声ばかり大きいような宮廷人が多いらしい。
 きっと彼らにとっては、他国の王や王妃への無礼など、大した意味でもないのだろう。これがきっかけで戦になっても、他人事として捉えそうだ。

 だが他人事なのは、タカヤも同じだ。カノウが処刑されなかったのは甘いとしか評しようがないが、レンを取り戻せない現実こそが厳罰になるだろうから、どうでもいい。
 負け犬は、カノウでありミホシでもある。
「まあ、いいんじゃねぇ? その代わり、貸しにしておいてやるよ。昨日も言っただろ」
 アベ王の宣言に、ルリは顔をこわばらせていたが、それでも安心はしたのだろう。「ありがとう」とまた、頭を下げた。
「結婚しても、カノウには政治に関わらせないことにしたよ。軍の方も名誉職にして、実権は一切与えない」
「飼殺すってことか」
 タカヤの指摘に王女は「飼い……」と言葉を詰まらせたが、どう取り繕っても事実上はそうなのだろう。少し辛そうに眉をひそめ、黙ったままでうなずいた。
 カノウのような男には、何より辛い処遇にも思えて、タカヤの溜飲はますます下がる。
 滞在日程を終えてニシウラに帰国させる際、いっそレンにニシウラの軍服を着せ、軍を指揮させる様子を見せつけてやろうか。そんな考えがふと浮かび、カノウの顔を想像してニヤリと笑った。

 「白鬼将軍」は、もうミホシのものではないのだと、大勢の前で知らしめてやりたい。
 だが、その「白鬼」がアベ王の王妃なのだと知らしめてもやりたい。
 自慢の妃を持つと、見せびらかせたくて苦悩する。
「タカ、ヤ。もう、何か、意地悪なこと、考えてる、でしょ」
 横からレンがぼそりと言って、タカヤの脇腹にトンと軽くヒジ打ちした。
 上目遣いでじっとりと睨まれ、その可愛らしさに破顔する。
「考えてねーよ」
「考えてる、よ」
 くくっとノドを鳴らすアベ王に、慣れた態度で言い返すレン王妃。その2人の様子は自国ではよく見られる光景だが――ルリ王女には珍しかったようだ。
「レンレン、笑ってる……」
 レンとよく似た目を見開き、ぽつりとルリが呟きを落とす。

 彼女が従兄弟であるレンに対し、何を思い、何を考えているかは分からない。レンを奪ったアベ王に、どんな思いを抱いていたかも分からない。
 ただ、王女が純粋に従兄弟を大事に思っていたのがタカヤには分かった。
「レンレン、今、幸せなんだね……」
 レンと同じように眉を下げ、レンの従姉妹がレンを遠い目で見つめる。
 その従姉妹の素直な言葉に、レンは「白鬼」の抜けた顔でタカヤの方をちらりと眺め、「うん」と短くうなずいて、笑った。

   (終)

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