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小説 1−11
月と自転車と酔っ払い (大学生・再会・阿→三)
 大学のコンパでしこたま飲まされた夜だった。
「阿部くーん、飲み明かそうよぉー」
「3次会行きましょう、先輩。3次会」
 そんな誘いを断って、ふらつきながら終電に乗り、自分ちの最寄駅で降りる。
 こっからは自転車だ。けど、こんな酔ってるし、まっすぐ走れる自信がねぇ。つーか、飲酒運転だ。
 押して歩いてくしかねーか?
 ……歩けっかな?
 くわっ、とあくびをして、ホームの自販機で冷たいブラックコーヒーを買う。
 プルタブを開け、中身をぐいっとあおった時――ふと、ホームの端っこをウロウロしてる人影に気が付いた。
 同じ最終に乗ってたヤツかな? 何か探し物でもあるようで、屈みこむように足元を覗き込みながら、ウロウロウロウロ歩いてる。

 最終電車が走り去った、深夜の駅。一緒に降りた乗客はバラバラと歩いて階段を上がり、人影がどんどん減っていく。
 コーヒーの残りを飲みながら周りを眺めてると、やがて駅員がそいつに近寄り、声を掛けた。
「どうしました?」
 声を掛けられた青年が、ビクッと身を起こし、「あのっ」って少し高い声を出す。
「じ、自転車の鍵、お、落としちゃ、って」
 その声、そのドモリ具合にはヒドく聞き覚えがあった。
 三橋――。
 1度気付くと、なんでさっきまで気付かなかったんだろうって、逆に自分でも不思議に思える。
「自転車の鍵、キーホルダーはついてましたか?」
「ついてない、です」
 駅員の問いに、ぶるぶる首を振る三橋。一緒になって、ざっと探してくれる駅員の後につきながら、さっきと同じく低い姿勢でキョロキョロ鍵を探してる。
 その姿は2年半前と変わんなくて、なんだかズキッと胸が痛んだ。

 自分に気合入れるよう、コーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ込んで、足早に三橋に近付く。
「三橋」
 声を掛けると、三橋は再びビクッと身を起こし、バッとこっちに振り向いた。
「え……阿部君?」
 意外そうな顔でじっと見つめられ、口元が笑みに緩む。
 「どうしたの?」って。さっき最終から降りたんだっつの。それはお前も一緒だろ?
 相変わらず鈍感で、相変わらず抜けてる。
「自転車の鍵、今日はもう遅ぇし、明日にしな。代わりにオレのチャリ貸してやるよ」
 ポケットから鍵を取り出し、三橋の手に強引に握らせる。
「どーせ、こんなじゃ今日は乗れねーし」
 ふっと自嘲しながら言うと、三橋がデカい目をまたたいた。

「うおっ、酔ってる」
 ビックリしたみてーに言われて、「おー」とうなずく。
「落し物の申請って、今できますか?」
 駅員に訊くと、どうやら願ったりだったらしい。ホッとしたように「改札でどうぞ」って言われた。
「改札だってよ。行くぞ」
 酔った勢いで三橋の肩に腕を回し、よろめくフリしてもたれかかる。
「大丈、夫? 歩ける?」
 心配してくれる真面目さが、ほんの少しくすぐったい。
「おー。酔ってねーし」
「よ、酔っ払いは、みんなそう、言う」

 ふひっと笑う三橋は、一体普段どんな酔っ払いを見てんだろう?
 大学の違うオレには、そんなことも知りようがなくて、モヤモヤが募る。またそれを、三橋が気にしてなさそうなのが、余計に痛い。
 高校を卒業してから2年半。20歳の夏まで引きずった想いは、こうして偶然再会しても、色褪せねぇまま募ってく。
 ひと気の失せた改札に近寄り、「手続きして来い」って押しやりながら、オレはちょっと離れたとこで三橋を眺めることにした。
 シャツから伸びる、少し日焼けした白い腕。相変わらず細い腰に、すんなりと伸びた足。ふわふわの猫毛は高校時代より短くて、顔立ちも少年から青年に変わってる。
 なのに無防備な笑みは変わってなくて、あの頃と同じく眩しい。
「終わった、よー」
 たたたっと駆けて来る姿だって、高校時代と同じで――やっぱ、好きだと思った。

 込み上げる想いを飲み下し、「行くぞ」と駅の出口を差す。
「自転車、こっちだから」
「わ、かった」
 そんな会話を交わしながら駅舎から外に出ると、ふと三橋が「うわあ」とヘンテコな声を上げた。
 視線の先をたどるまでもなく、まんまるの月が目に入る。
「でっかい、ボール」
 その相変わらずの発想に、思わずぶはっと吹き出すと、三橋がむうっと唇を尖らせた。
「酔っ払いは、すぐ笑う」
「酔ってねーし」
 くっくっと笑って反論すると、ぐいっと腕を掴まれた。

「真っ直ぐ歩けてない、よっ」
「ウソだろ」
 ふんと鼻で笑って、はあー、とため息をつき、夜空を見上げる。
 しこたま飲まされた覚えはあるし、自転車でまっすぐ走る自信はねーけど、歩くくらいはできるだろう。
 元々飲酒運転を避けるため、自転車は押して帰るつもりだった。1人でだって、家まで真っ直ぐ帰れると思う。けど――。
「阿部君ちまで、乗せてってあげる、ね」
 そんな2人乗りの誘いに、飲み下したハズの気持ちが胸の奥で暴れ出す。

 2年経っても3年経っても、オレはやっぱり三橋が好きで。もうちょっと一緒にいてぇって望みを、飲み下すことはできそうになかった。

   (終)

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あきゅろす。
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