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小説 1−11
混乱の運送バイト (大学生・先輩阿部×後輩三橋)
 トラックに乗って荷物を届ける、運送会社のバイトを始めて、1ヶ月。最近、バイトに行くのがちょっと怖い。
 バイトっていうか、バイト先の先輩がちょっと怖い。ちょっとじゃなくて、すごく怖い。
 睨むし、怒鳴るし、舌打ちするし、それでなくても声大きいし。話しかけても「ああっ?」ってケンカ腰だし、いつもビクッてしてしまう。
 顔が整ってるから、きっと余計に怖いんじゃない、かな?
「三橋、伝票整理できてねーぞ!」
「何回言ったら分かるんだ」
「聞いてんのか!?」
 顔を合わせるたびに叱られてばっかだから、苦手意識がどんどん強くなってくる。
 オレがダメバイトだから仕方ないんだけど、もうちょっと優しく教えてくれてもいいと思う。

 他のバイトもみんな、その先輩……阿部さんの味方みたい。
「阿部の言うとおりだぞ」
「しっかり覚えろ」
 阿部さんよりは優しくだけど、言われることは同じだった。
 そんで、みんな口をそろえてこう言うんだ。
「今日も阿部と組んで、さっさと仕事を覚えろよ」
 って。
 確かに、早く一人前になんなきゃいけないのかも知れないけど、阿部さんと組ませるように勧めるのって、嫌がらせ? それとも、ホントにオレのため、なの、か?

「三橋、行くぞ。伝票持ったか?」
「ふわっ、はいっ!」
 厳しい声を掛けられて、飛び上がるように背筋を伸ばし、ギクシャクと阿部さんを振り向く。
 じろっと睨んでくる、くっきり二重の切れ長の目。目尻が少し垂れてるのに、キツさを少しも和らげてない。
「ちっ、早くしろよ」
 舌打ちされるたびに、胸の奥がきゅうっとなる。
 ビビってたら「ビビるな」って怒られるし、頑張って笑おうとしたら「ムカつく作り笑いしてんじゃねぇ」ってボカッとやられるし、どうすればいいのか分かんない。
 目を逸らしても怒られるし、じっと見つめても「見てんじゃねぇ!」って言われるし……やっぱりオレ、嫌われてるの、かな?

 このバイトも、向いてないみたい。
「何回同じ失敗、繰り返したら気が済むんだ!」
 今日もそう言って、配送トラックの助手席で怒られた。
 狭い車内だと、苛立たしげな舌打ちも大きく響く。ため息も大きく聞こえて、居たたまれない。
「す、みま、せん」
 小さく体を縮めながら、しおしおと謝る。
 向いてないバイト、我慢して続けるより、潔く辞めた方がいいのかなと思った。

 怒られた時も気まずいけど、怒られない時も気まずいのは、どうしたらいいんだろう?
 オレは元々口下手だし、阿部さんは阿部さんで口数多い方じゃないから、車内での雑談も弾まない。
 気まずいなぁって思っても、どうすれば仲良くなれるか分かんない。
 オレが失敗しなくなればいいんだと思うけど、それはちょっと難しい、かも。
 今日も、配送中に唐突に訊かれた。
「お前んちって、この辺だろ?」
 最寄駅は確かに同じなんだけど、違うと言えば違うので、素直に答えた。
「ち、違います」
「じゃあどこ? 駅の反対側?」
「そ、そう、です、けど……」

 そうだけど、なんでそんなこと訊くんだろう? 不思議に思って、内心首をかしげてると、更に訊かれた。
「3丁目?」
 違うから、素直に「外れ、です」って答えたら、こっち見てニヤッと笑われた。
「じゃあ、4丁目だろ?」
 ズバッと言い当てられて、ドキッとする。
「な……内緒、です」
 震える声で答えると、「4丁目かぁ」って、くくっと笑われた。
「オレ、お前んち分かったわ」
 って。
 たったこんだけの会話で、分かっちゃうってアリ、なの、か?
 配送の仕事を長く続けてて、頭も良くて、色んな道に詳しい。そんな優秀な阿部さんだから、なんだか有り得そうで怖い。

「今度さぁ、お前んち遊びに行かせてよ」
 そんなことを言われて、ぶるぶると首を振る。
「ち、ち、散らかってる、ので」
「だろうな」
 精一杯の断り文句も、「知ってる」ってニヤッと返されて、何て続ければいいのか言葉に詰まった。
「片付けてやるよ」
 親切めいた言葉も、あまりに怖すぎてうなずけない。
「い、い、い、い、いい、です」
 ぶるぶる首を横に振りながら、必死で申し出を辞退する。

「いい? OKってこと?」
「ち、ち、ち……っ」
 違います、って言いたいのに、声が震える。首を横に振ってるのに、そんな勘違い、有り得ない。
 分かって言ってるんだって思うけど、どうしてこんな、イジワルなんだろう?
「お、オレ……」
 オレ、もう、このバイト辞めよう。そう思った時――。
「辞めんなよ、バイト」
 低い声でぼそりと命令されて、ギシッと全身が固まった。

「お前がバイト辞めたら、お前んちまで押しかけるからな」

 家、分かったし。そんな物騒なことを呟きながら、阿部さんがギギッとサイドブレーキを引いた。
 いつの間にか、配送先の前に停まってたみたい。
 手際よくシートベルトを外し、阿部さんがバッとドアを開けて車外に出る。
「おら、いつまでグズグズしてんだ! 急げ!」
 ガンッとトラックのドアを殴られ、「ひゃいっ!」って飛び上がってドアを開ける。
「何回怒鳴らせりゃ気が済むんだ!」
 荷物を運びながら、オレを怒鳴りつける阿部さんは、いつも通りの阿部さん、で。じいっと見つめても、目を逸らしても、怒られることに変わりはなく、て。
 嫌がらせなのか、嫌われてるのか、それともちょっとは好かれてるのか、バイト辞めるべきなのか、ますます分かんなくなった。

   (終)

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