小説 1−11 駆け引きな再会 (社会人・別れた後の再会) 卒業から数年ぶりの、野球部の同窓会。遠くの席でこっちに背中を向け、田島と乾杯し合い笑い合ってる三橋を、壁にもたれながらじっと見つめる。 貸し切りにした座敷には後輩たちもいっぱいで、みんなが三橋に話しかけ、入れ替わり立ち代わり挨拶しに行ってた。 無理もねーよな、と、姿勢のいい後姿を見つめる。 プロ2年目の秋、1軍の試合でちらちら見るようになった三橋は、田島と並んですっかり有名人だ。 「三橋さん、握手してください」 後輩マネジの媚びるような声に、「うおっ、はいっ」と応じる三橋。 ビビり方は昔と一緒なのに、なんかすげー遠く見える。 眩しいなと思った。 高校から大学にかけて、アイツと付き合ってたのがウソみてーだ。 『タカ、ヤ……』 照れ臭そうに名前を呼ぶ、アイツの顔がふっと頭に浮かんで消える。 今は遠い存在だけど、触れらんねーからこそ愛おしい。 そういや、付き合う前にも同じこと思ってたっけ? 光差すマウンドに駆けてく姿を、薄暗いベンチから見送った事もあったよな。 日向のグラウンドで、投げて、投げて、汗をかいて、嬉しそうに笑ってた三橋。その努力が実を結び、こうしてプロとしてやってけてるの見ると、自分のことみてーに誇らしい。 思えばアイツの後姿を見てるばっかの恋だった。 おどおどしてて、はかなげで、頼んなくて。見守ってやんなきゃって思ってた背中はいつの間にかピンと伸びて、頼もしく思うようになっていた。 眩しかった。 誇らしかった。 好きだった。今でも好きだ。 なのに、一緒にいらんねぇって思うようになっちまったのは、いつからだっただろう? 競技としての野球を辞め、理系の大学を選んだオレと、スポーツ推薦で大学に進み、プロを目指して野球漬けの毎日を送った三橋。 試合はほとんど見に行ったし、たまの休みにはデートもした。愛し合った。 元々、あんま会話が弾む方でもなかったし、互いの話がイマイチ分かんなくても最初はそんなに気にしなかった。 三橋自身、日本語を操んのが上手くねーし。オレが色々誘導して、コミュニケーション取ってやんなきゃって思ってた。 実際は、三橋の方がかなり譲ってくれてたんだと、そう気付いたのは大学2、3年の頃だ。 『タカヤ、行、こう』 にへっと笑いながら振り返り、日向でオレに手を伸ばす三橋。 その手を握り返し、自信たっぷりに横に並ぶことができなくなった頃、オレは一旦距離を取ろうと三橋に告げた。 『このままダラダラ付き合うの、よくねーだろ』 オレの勝手な言い分に、三橋は傷付いたみてーな顔してたけど、結局「イヤだ」とか縋られることもなく、ゆっくり連絡も途絶えてった。 あそこで「別れたくない」なんて泣かれたら、どうしたかは自分でもよく分かんねぇ。 現実には、三橋はそんな女々しい性格じゃなかった訳だけど、それだって仕方ねぇって分かってる。プロを目指す以上、オレと付き合ってたらきっと、まだ失うものがある。 ちょっとどころじゃなく後悔したけど、自分から言い出したことだ。 それに、2人でいるときのもどかしさに比べたら、1人でいるときの切なさの方がマシだった。 三橋と一言も喋んねぇうちに、1次会はお開きの時間になったらしい。 「おー、阿部。2次会行くだろ?」 幹事役の花井に声を掛けられて、「どーかな」と唸りながら腰を上げる。 「お前、全然飲んでなかったじゃん」 「見てたのかよ」 久々に会う仲間たちとの会話は、何年経っても相変わらずで、気安くて楽しい。けど、座敷の出口んとこでじっと立ってる三橋を見ると、胸がじくっと痛んでくる。 ――オレを待ってんのかな、なんて、うぬぼれだろうか? 一瞬ドキッとしたけど、田島に「おーい」って呼ばれると、すぐにタタッと行っちまったから、やっぱ気のせいだったんだろう。 なんだ、また置いてきぼりか、と、口元に自嘲が浮かぶ。 「阿部も、飲み直そーぜ」 田島が陽気な声で、通路の向こうからオレの方に手を振った。三橋はその横で、ちらちらとオレに視線を向けている。 誰もが憧れるプロ投手だっつーのに、その自信なさげな顔は何だ? 振り向いてくれねーんなら、さっさとあっちに行けっつの。 「お前らは、あんま飲まねー方がいーんじゃねーの?」 田島と三橋と平等に見ながら、座敷を出てそっちに向かう。 「ホントだな」と、オレの背中を押しながら、屈託なく笑う花井。「なんだよー」と拗ねる田島。 曖昧に変顔で笑ってる三橋も、やっぱ相変わらずで、好きだと思った。 「有名人が街中で酔うと、うっかりお持ち帰りされたりして危ねーんじゃねーの?」 冗談めかして言いながら、以前より短くなった薄茶色の猫毛をポンと叩く。 『タカヤ』 ふいに耳に聞こえた名前は、現実か、幻聴か? 横を通り抜け、外に出ようとした腕が、軽く引かれて振り向かされた。 「阿部、勝手に帰んなよ」 声を掛けたのは田島。でも、腕を引いたのは三橋で、赤い顔で見詰められ、逃げ道を塞がれる。 そうしたらオレが逃げらんねぇって分かってやってるとこが、タチ悪い。 けど、そういうズルいとこもあんの知ってて好きなんだから、これも自業自得なんだろう。 どういうつもりだ、なんてこんな場所じゃ訊けねぇ。 惚れた弱みにつけ込まれてる、そんな自覚があるだけ、まだマシかのかも知れなかった。 (終) ※お題お借りしています:「レモン色でさようなら」様より、「悲しい恋をしたこともあった」http://alicex.jp/byebyelemon/14/ [*前へ][次へ#] [戻る] |