[携帯モード] [URL送信]

小説 1−11
ある冒険者の乾杯 (花井視点・ファンタジー・鬼アベ×新人冒険者)
 いつもの飯屋で夕飯を食ってると、顔見知りの鬼族の男が「よお、ハナイ」と声を掛けてきた。
 アベという名の、屈強な鬼だ。
 鬼族にしては巨漢って感じじゃねーけど、鍛え上げた体は鋼のように頑丈で、筋肉量も迫力もスゲェ。けど、力任せの肉体派っつーよりむしろ知性派で、周りをうまく使う司令塔タイプだった。
 性格は自由奔放。悪いヤツじゃねーから憎めねーけど、時々面倒かけさせられる。
「相席いいか?」
 座ってから、形だけの問いかけするとこも、相変わらずだ。
 まあ、珍しく満席みてーだし、断る理由もねーからいーけど、人の都合もちょっとくらいは考えろっつの。
「鳥の丸焼き2人前、焼き飯大盛り、野菜と肉のグリル3人前、それと酒!」
 大声でのアベの注文に、奥から「はーい」と声がかかる。どんだけ食うんだと思ったけど、まあアベだし、無理もねぇか。
「できる端から持って来て」
 そんな要求するとこを見ると、どうやらかなり空腹のようだ。

 間もなく次々と注文のメシが運ばれて、狭いテーブルを埋め尽くした。
「美味そう!」
 一声吠えるなり、丸焼きの鳥をバキッと折って、そのままむしゃぶりついてるアベ。その食い方はまさに鬼で、ちょっと怖ぇ。
 メシを食う量も酒を飲む量も半端なくて、テーブルを埋め尽くしてた料理が、あっという間に消えていく。
 水のようにガバガバ酒を飲んでるけど、ちっとも酔った様子がねぇ。
 やがて盛られた料理を食い尽くし、アベが大きなゲップを漏らした。
「あー、やっと腹が癒えた。あんま空腹だったからさ、そこらのザコでも捕まえて、適当に食っちまおうかと思ったぜ」
 シャレにならない事を言いながら、ジョッキの酒をあおる鬼。
 肉体美を見せつけるような半裸に、ゴツゴツした鋼鉄の真っ黒な防具、2本の角。整った顔立ちしてっけど、垂れ目がちなのが斬れそうな雰囲気を和らげてる。
「善良な通行人を食うんじゃねーよ」
 勿論冗談に違いねーけど、冗談に聞こえねーのが困ったところだ。

 空腹が解消されて余裕ができたのか、アベがオレの皿から勝手につまみを奪いながら、ゆっくり店内を見回した。
「それにしても、今日は混んでんな」
「そーだな新顔が多いか」
 冒険者を目指す連中は一定数いるが、今日は歓迎会でもしてるんだろうか? やけに細っこくて若いのが多い。
 この中で1年後も冒険者を続けるヤツは、どのくらいいるだろう?
 いい仲間と組めりゃいいが、オレやアベを始め、大概のベテランはソロを好むし、子守りすんのも真っ平だ。
「来年までに、何人くらい残るかな?」
「さーな、1割くらいじゃねーか?」
 あぶった干物を食いながらそんな事を喋ってると、オレらの真横を通りかかった少年が、ふいにフラッとよろめいて、こっちに倒れ込んで来た。

 つんと香る酒精に、酔ってんだとすぐ分かる。色白なのか顔も首も真っ赤だけど、一体どんくらい飲んだんだろう?
「おおっと」
 少年を片腕で軽々支え、「しっかりしろ」って立たせてやるアベ。珍しい、優しいじゃん。そう思った時――。
「ふわぁ、ツノ、だっ」
 緩い口調でそう言って、少年がふにゃっと笑み崩れた。
 柔らかそうな薄茶色の髪に、蕩けたようなデカい瞳。そのままアベに抱き着いて、とうとつに少年が、ヤツの角に手を伸ばす。
 あ、と思ったのは、ソレが鬼族にとって求愛行動になるって知ってたからだ。獣人にとっての尻尾と同じく、立派な性感帯なんだとか。
 冒険者の間じゃ有名な話だけど、新人だから知らなかったか? それとも、酔ってるせいでうっかりしたか?
「ふーん……」
 じっくりとその顔を眺め回し、ニヤッとアベが笑みを漏らす。
 鬼の反射神経から言って、絶対よけられたに違いねーのに。敢えて角に触らせたのは、少年が気に入ったからだろうか?

「おいお前、名前何てーの?」
 自分のヒザに座らせて、アベが少年の頬を撫でる。アゴに手を添え、上向かせて、一体何を観察してんだろう?
 ぞっとするオレの目の前で、少年が「み、はし」と淡い声で答えた。
「メシ食ったか?」
「食っ、た」
 こくりとうなずく様子は、なんつーか幼げで、まあ可愛いと言えなくもねぇ。
「そーか、ミハシ。じゃあ行くぞ」
 ぐっとジョッキの酒を飲み干して、「よし」とアベが立ち上がる。小脇にはしっかりとミハシって名の少年を抱えてて、どうやら食う気満々のようだ。
 おいおいと思ったけど、角を触ったのはミハシの方からなんだから、オレからは何も言えねぇ。
 小脇に抱えられてるっつーのに、くふくふ笑ってるみてーだし、きっと満更でもねーんだろう。満更でも……ねーんだろう、と思いてぇ。

「ワリーな、払っといてくれ」
 そんな言葉と共に、銀貨をぽいっと投げ寄越すアベ。
 いくら大量に飲み食いしたっつっても、銀貨じゃ多過ぎだけど、要は口止め料込なんだろう。
 それと、迷惑料も入ってるか?
 やれやれと受け取りながら、まだ店内にいるだろう、ミハシの連れへの説明を今から考える。
「じゃーな。邪魔したな」
「ああ、まあ、程ほどにな」
 アベとミハシを見送って、その背中にオレはジョッキを掲げた。
 別に、見捨てる訳じゃねぇ。ただ、あの少年冒険者の輝かしい明日に、乾杯してぇ気分だった。

   (終)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!