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小説 1−11
最期の月見 (ファンタジー・敵同士)
 暗褐色のワインに白い月を映し、ゆらりと揺らす。
 窓の外からは喧騒と剣戟の音が聞こえ、敵から放たれた炎がちらちらと窓を染めた。城の中にも敵が侵入したみてーで、破壊の音が聞こえてくる。
 月見に興じるはいささか不穏だけど、こうして過ごすのも後わずかだ。最期の酒くらい、ゆっくりと味わいてぇ。
 この城はもう落ちるだろう。
 女子供はとうに逃がし、今城に残ってんのは命より名誉を取った、愚かな臣下や騎士団だけだ。
 オレ自身も前線に出ようとしたけど、「城主たる者、最上階で悠然と構えるべき」だっつって口々に言われ、こうして酒を飲むことになった。
 敵は隣国の連中らしい。
 王都には連絡したけど、きっと応援が来る頃には、全部終わってることだろう。
 覚悟はとうに決めた。思い残すことはほとんどねぇ。
 ただ最後に一目、若き日の学友に会いたかった。

 その学友っつーのは、隣国の貴族だ。
 公爵だったか侯爵だったかの長男で、名前をレンという。貴族の嫡子だっつーのにちょっと気弱なとこがあって、でも剣を持つと誰よりも勇敢で、強かった。
 思い返せば、オレの人生で最も輝きに満ちてたのは、ヤツと過ごした学園時代だった。
 いろんな国の王族や貴族、平民までもが集まる、身分も国籍もない実力主義な学園。そこでオレらは互いに切磋琢磨し、より上を目指して競い合えた。
「レン……」
 こんな時に思い出すのがアイツの顔だなんて、我ながら諦めが悪ぃ。
 薄茶色の柔らかな髪、貴族令嬢より白い顔。デカい目をいつもキラキラと輝かせて、楽しそうに剣を振るってた。
 自分の方が強いくせに、いつも「アベ君、すごい」ってオレを誉めてたっけ。
 今頃どうしてんだろう? あの凄腕だし、もう将軍くらいにはなったか? 騎士団長とか? それとも優秀な近衛として、自国の王族に仕えてんだろうか?

 ガタン、バリンとあれこれを破壊する音が、扉の外にまで響いてくる。
 廊下で「わあっ」と叫んでんのは敵だろうか、味方だろうか? どっちにしろ敵の刺客はすぐそこまで迫ってて、もうそんなに時間も残されてはねぇようだ。
 静かに月にグラスを掲げ、液面に揺れる白い影ごと暗褐色のワインに唇をつける。
 毒でも入ってりゃ格好つくのかも知んねーけど、あいにく自害はシュミじゃねぇ。オレだって剣を志したこともある武人だし、せめて敵とは最期に一戦交えたかった。
 ドン! 分厚いドアに衝撃が走り、蝶番がみしりと音を立てた。
「来たか……」
 残りのワインを一息にあおり、グラスを床に打ち捨てる。パリンとそれが割れるのと、オレが剣を抜くのと、扉が破られるのは同時だった。
「覚、悟っ!」
 大声での威圧を受け、腹の底がじんと痺れる。確かに恐怖を感じてんのに、そこに歓喜が混じんのは、相手が待ち望んだ相手だったからだ。
 月を映すデカい目に、一切の驚きも迷いもねぇ。
 きっとここにいんのがオレだって、知った上での襲撃だろう。だが、それでこそ望むところだ。

「ああ」
 剣を握り締め、口元を緩める。思い残す事はもうなかった。
「行くぞ、レン」
 互いに1歩2歩と踏み出し、ぶんっと剣を振る。ガキンと響く鋼鉄の音、じんと衝撃の走る手に、相手の力量のスゴさが分かる。
 学生の時だって1番だったっつーのに、それ以上強くなってどうすんだ?
 打ち合ってよけて、剣を突き出してよけられて、命を懸けた剣を交え、真剣なレンの顔をちらりと見つめる。
 好きだった、なんて今更口に出して言えねぇけど、こんな最期も悪くねぇ。

 足がもつれ、ドッとみっともなく尻もちをついたオレに、銀の剣先が突き付けられる。
「立、て」
 冷徹な命令に、思わず苦笑して首を振る。
 試合でもねーのに、こんな状況で何言ってんだ? けど、唇をへの字に引き結び、デカい目でまっすぐ見つめられたら、それに応じずにはいられねぇ。
 落とした剣を拾い上げ、再び剣を両手に構える。
 月光を反射してぎらっと光る剣を、オレは両手に力を入れて、ガキンと受け止め、横に流した。

   (終)

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