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小説 1−11
焼き芋の温もり (ファンタジー、商人阿部×騎士三橋+榛名)
 もう20年近くも前のことだ。
 その日は王都に初雪が降った日で、オレは狭い路地裏に転がって、飢えて凍えて死にかけだった。
 ちらちら降る雪をぼんやりと見つめながら、雪って食えるのかなって考えてた。このまま死ぬんだろうなって、自分でも分かってた。
 家もねぇ、メシもねぇ、家族もいねぇ、仕事もねぇ……そんなガキが生き延びるのは大変で、オレみてーに道端に転がって、死を待つガキは珍しくなかった。
 歩く気力も失せるほどの飢え。
 体をガタガタ震わせるためのエネルギーさえなくなって、緩慢にまばたきをして雪を見つめる。
 悲しみも寂しさも悔しさも、もう何も感じなかった。
 そんなオレが今生きてるのは、「食え」と放られた1本の焼き芋のお陰だ。
 皮が少し焦げてて、湯気が立つ程熱々で、いい匂いがする焼き芋。オレは夢中で半分を食い、半分を懐に入れて暖まった。

 誰が芋を施してくれたのか、食うのに夢中で記憶にねぇ。
 1人じゃなかったような気もするが、何人いたかも分かんねぇ。芋を放られる前に、何か話しかけられた気もするけど、死にかけて朦朧としてたし。雪しか見てなかったから、分かんなかった。
 ただ、芋に飛びつくオレを見て、誰かが得意そうに笑ってたような気がした。
 それ以来、冬になる度に道端で焼き芋を食うのが、オレの密かな楽しみだ。
 屋台で買うのもいいが、自分で焼かせるのもいい。
 たき火に放り込んで焼くのもいいが、熱した砂利の中に埋め、蒸し焼きにすんのも結構いける。
「隆也様、またそんな物を」
 商人として成功した今、従者には渋い顔をされるが、初心を忘れない為にもやめられねぇ。
 初雪の降る日、貧民街に焼き芋の施しをするのもやめらんなかった。偽善と言われようがどうでもいい。オレがあの日、あの芋のお陰で命を繋げたのは事実だ。

「食え」
 飢えて凍えるガキどもに、1本ずつの芋を放る。
 貧民街の真ん中で大きく火を焚かせ、次々に焼かせた熱々の芋だ。
 焚き火で束の間の暖を取り、芋で束の間の空腹をなだめる。あの日、オレが求めてやまなかった温もりを、年に1度くらいは与えてやってもいいだろう。
 ガキだけじゃなくて、痩せこけた大人も混じって来るが、芋は毎年、この日のために大量に仕入れてるから問題ねぇ。
「ほら、並べ」
「旦那様のご厚意に感謝しろよ」
 従者たちが貧民を並ばせ、争いのねぇよう場を収める。オレはその横で、遠巻きにされながら自分でも芋を食う。
 息が白くなる程の空気の中、湯気を立てる程に熱々の焼き芋。
 ちらちら降る雪を眺めながら、路地裏で立ち食いする焼き芋は、すごく美味い。
 芋に群がる子供らにも、この美味さを覚えてて欲しい。そしていつか、飢えた誰かに焼き芋を「食え」と放って欲しいものだ。

 芋を食い終わり、従者に用意された熱い茶を飲んでいると、路地の向こうから「こっちだ」と声が聞こえた。
 大股で歩く靴音がカツカツと響き、高級な軍靴だと分かる。同じ高級品でも、オレらがはくような紳士靴とは靴底の素材が違うからだ。
 巡回の兵士? それとも騎士だろうか?
 焚き火で暖を取ってた貧民どもも気付いたようで、一斉にそっちを向き、靴音の主を警戒してる。
 従者たちも芋から離れ、オレを守れるように前に立った。
 やがて現れたのは、予想通り、騎士の制服を来た2人の男だった。背が高い、偉そうな感じの黒髪の男と、薄茶色の髪をした、ちょっと気弱そうな男だ。
 気弱そうな男は、黒髪のヤツに連れられて来たんだろうか? 手首を掴まれて、つんのめってる。
「ほら、やっぱここだ。言った通りだろ、廉?」
 得意そうに胸を張る黒髪の男に、廉と呼ばれた青年が、「は、い」と困ったように眉を下げる。
 騎士にもいろんなヤツがいるんだなと思った。

 焼き芋の匂いにつられて来たのか?
 機嫌よく笑ってるとこを見ると、難癖つけに来た訳じゃなさそうだけど、気まぐれに何をすんのか分かんねーとこが、貴族どもの怖いとこだ。
 騎士になれんのは貴族だけだから、多分この2人も貴族なんだろう。オレは前に立つ従者の肩を叩いてどかせ、2人の闖入者に数歩近付いて礼をした。
「お声をおかけする無礼をお許しください。騎士様方とお見受けしますが、このような場所に何のご用でしょう?」
 商売する時と同様、へりくだってお伺いを立てると、黒髪の方が気さくに笑って近付いてきた。
「おう、いや、芋の焼けるいい匂いがしたからよー。なんだか懐かしくなったんだ。なあ、廉」
 話を向けられた廉って男が、それにびくっと肩を震わせる。
「懐かしい……ですか。騎士様方の召し上がるような物ではないと心得ますが」
 何しろ、大店とはいえ平民の商人なオレでさえ、たしなめられるような代物だ。美味くはあるが、貧民の主食とも言われてて、貴族の口に入るようなモノには思えなかった。

「そうだってよ、廉」
 黒髪の男が、からかうように茶髪の連れの脇腹をヒジで小突く。
「も、もう。元希さん……」
 小突かれた廉は、ちょっと顔を赤くしたが、元希と呼ばれた黒髪の男は、まったく構う様子がねぇ。
 訊かれてもねぇのに、焼き芋の思い出をニヤニヤ笑いながら話し出した。

「あれはもう20年近く前になるかな。街で買い物中にこのお坊ちゃんが、焼き芋の屋台の匂いに引かれちまってよぉ。よだれ垂らしながら欲しそうにするんで、5、6個くらい買ってやったことがあるんだ」

「よ、よだれなんか垂らしてない、です」
 廉が赤面しながら反論したが、元希はくくっと笑うだけだ。
「ウソつけ。オレぁ覚えてるぞ。あん時丁度、この辺の路地裏でガキが1人寝転がっててさ、お前が1個、そいつにやれって言ったじゃん」
「そっ……」
 元希の言葉に、ますます顔を赤くして言い淀む廉。
「それは、そうです、けど……」
 だんだん小さくなってく声と、更に赤くなってく顔が、ほんの少し気の毒だ。
 けど、それよりオレをドキッとさせたのは、元希って男の話だった。
 20年近く前。路地裏。焼き芋。「食え」という短い言葉――。あの日の寒さを思い出し、ぶるっと震える。
 じわっと腹が熱くなるのは、あの日の芋の温もりのせいか?

「はいはい、廉は優しいなー」
 連れの青年の髪をわしゃわしゃと撫でながら、黒髪の男が機嫌よく笑う。
 オレに芋を放ってくれたのは、コイツなんだろうか? けど、廉がコイツに頼んでくれたっつーなら、オレの恩人は廉の方か?
 呆然と立ち竦むオレに、元希って名の騎士が近付く。
「この焼き芋の主催はお前か?」
「……はい」
 勝気そうな目にまっすぐと見つめられ、従順に頭を下げる。
「オレと廉にも、芋をくれ」
 そんな言葉と共に、図々しく差し出される腕。
 勿論、貴族に対して「NO」はねぇ。恩人だったら尚更だ。けど、それを廉が「もうっ」って押しとどめた。

「たかりは、ダメ!」
「たかってねーだろ」
 わぁわぁ喚く元希を無視して、廉がポケットをごそごそ漁る。やがて彼が取り出したのは、裸のままの金貨で――。
「お、お金、これ、で」
 ぐっとそれを押し付けられ、そのまま手を握られて、一瞬どうすりゃいいのか分かんなかった。

   (終)

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