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小説 1−11
秘密の森 (エルフ三橋)
 ある日、森の入り口で薬草を採ってると、村一番のグズで痩せっぽちのレンが、奥への小道をたったか駆けて行くのが見えた。
 見苦しい泥色の髪を、いつものデカい帽子ん中に押し込んで、両手で押さえながら走ってる。
 村でいつもからかわれてっから、レンがその泥色の髪を気にしてんのはオレも知ってた。誰かに帽子を取り上げられて、半泣きになってたのも知ってる。
 だから、レンが帽子を両手で押さえて走るのは、そんなに珍しい光景じゃなかった。
 珍しいのは、アイツが森の奥に入ってくことだ。
 森には危険な野獣や魔獣がたくさんいて、オレみてーに入り口付近で薬草採取するのだって、かなり勇気のいることだ。
 それなのに、あの臆病で泣き虫でグズでノロマなレンが、なんで森に?
 しかも、思ったより走るのが早くて、簡単には追いつけねぇ。

「おーい、レン! 奥行くと獣が出るぞ!」
 大声で呼ぶと、レンがくるっとこっちを振り向いた。
「お、オレ、平気。た、タカ、こそ、戻って」
 平気っつって言われても、帽子を両手で押さえてる時点で説得力がねぇ。
「平気じゃねーだろ!」
 ビシッと言い返したけど、レンは反論する気もねぇようで、またぷいっとオレに背を向けて、小道をどんどん駆けて行く。
 マジで足が速ぇ。
 村一番の俊足のユウよりも、もしかして速くねーか?
 いつもグズグズおどおどしてんのに、この差は何だ? つーか、何を急いで森の奥に?

 あっという間に小さくなってく背中を放って置けなくて、オレも仕方なく後を追う。
 念の為弓矢は背中に着けてるし、腰には大きめのナイフもある。獣を追い払うくらいなら大丈夫だろう。
「レン、待てって!」
 大声で呼びかけ、気合入れて全力で走る。
 ますます小さくなったレンの背中を見失わねーよう、それだけに集中して目を凝らす。
 そのせいだろうか? ふいに前方のヤブが動いて、真っ黒い大きなモノが立ち上がった時、一瞬だけど反応が遅れた。
 グガァァァ! 真っ黒な獣が両前足を振り上げ、辺りのヤブを薙ぎ払う。
「うわっ!」
 とっさに横に飛びのいて、何とか直撃は避けたけど、尻もちついちまって動けねぇ。
 熊だ。魔獣なんかよりはマシだけど、この状況はかなりヤバい。

 ゴアァァァ。威嚇するように吠え声を上げ、巨大な熊がオレを睨む。
 震える腕で弓矢を構えようとするけど、しっかりと弓を引き絞れねぇ。一か八か放った矢が、熊から大きく離れてヤブに消える。
 次の矢をつがえるどころか、しっかり立ち上がる事すらできなくて、無様に熊を見上げることしかできなかった。
 鋭い爪のある前足が、大きく振り上げられ、振り下ろされる。
「……っ」
 息を呑み、もうダメだと思った時――。
 ギャンッ!
 そんな悲鳴を上げて、目の前の熊がドッと倒れた。

 倒したのは、短剣を構えたレンだ。
 熊の上に軽やかに飛び乗り、そのノド元に向かって、トドメの一撃を振り下ろす。
 普段のおどおどがウソのような身軽さだ。
 顔色一つ変えねーで、自分の倍はありそうな熊をあっという間に倒すとか。有り得ねぇ状況に、ビックリし過ぎて息もつけねぇ。
 けど、それよりもっとビックリしたのは、レンの金茶色に輝く髪と、にょっきり生えた長い耳だ。
「エルフ……」
 呆然と呟くと、レンがデカい目でオレを見た。琥珀色の瞳はいつもと一緒で、なんだか少しホッとする。
「ふわっ、うおっ」
 帽子が落ちてんのに今更のように気付いたみてーで、慌ててる様子もいつものレンだ。

「ほら、帽子」
 落ちてるのを拾って渡してやると、「あ……あり……」ってドモられる。
 ありがとうも満足に言えねぇ、ドモリでキョドリで。いつも眉を情けなく下げてんのも相変わらずで、ちょっとおかしい。
「お前、エルフだったんだな」
 長い耳にちらっと目を向けながら話しかけると、「言わない、でっ」って懇願された。
「へ、変装、の術、解けた、から。も、森の奥で、掛け直すつもり、だった」
 いつも以上につっかえながら説明されて、ふっと笑える。

 変装の術って何だ? 森の奥に何かあんの? もうちょっとマシな髪の色にできねーのか? つーか、その帽子は何なんだ?
 なんでエルフがここにいんのかとか、他に誰が知ってんのかとか――訊きてぇことはいっぱいあるけど、何たって危険な森の中だし。あんま呑気に立ち話しねぇ方がいいだろう。
「だ、誰にも、言わない、で」
 眉を下げ、上目遣いで頼む様子は、とても熊を一瞬で倒したようには見えねぇ。
 オレから受け取った帽子を、ぎゅむぎゅむと深く被り直すレン。琥珀色の潤んだ瞳で見つめられ、今は「分かった」って言うしかねぇ。
「その代わり、後でキッチリ説明しろよ?」
「わ、わ、忘れ……」
「忘れる訳ねーだろ!」
 ビシッとツッコんで、帽子の上から小さな頭をぐりぐり撫でる。レンは無抵抗に首をぐらんぐらんさせながら、「う、え……」と困ったように目を逸らした。

   (終)

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