小説 1−11
その思い出は甘いのか (喫茶店バイト阿部×学生三橋)
欲しい物があって、快速の止まる2つ向こうの駅まで行った。
普段は野球部の練習と大学の講義とで忙しいから、こうして買い物に出るのも久々だ。
日頃から体は鍛えてるのに、人混みに揉まれながらあちこち歩き回るのは、やっぱちょっと疲れるみたい。なんだかノドが渇いて来て、一休みすることにした。
そこで立ち寄ったのは、一番最初に目についた喫茶店だ。
カフェっていう程オシャレじゃない、昔ながらの店づくり。カランコロンと鳴るカウベルの音を聞いてふと、駅前の喫茶店がいつの間にか閉店してた件について思い出した。
立地の割にはいつも人が少なくて、大丈夫かなって思ってたんだけど……なんでかずーっとあるような気がしてたから、「閉店します」って張り紙見たときは驚いた。
なぜかいつも、少しぬるいアメリカン。ちょっとべちゃっとしたフレンチトースト……。
最初、お母さんの作るそれとは味が違ってビックリしたけど、いつの間にか癖になってたのに、な。
野球部のみんなと賑やかに食事するのも楽しいけど、たまには客の少ない静かな店で、ぼうっと過ごすのも悪くない。
練習練習の毎日の中、時々その喫茶店に、ひとりで行くのが好きだった。
「いらっしゃいませ」
空いてる席に座ると、白いエプロンのお姉さんが、お水とメニューを持って来た。
こげ茶色の皮の表紙のメニューをめくり、注文したのはアメリカン。
プリンアラモードの写真を見て、あっ、と思ったけど、同時にお姉さんが去ってったから、注文することはできなかった。
――そういえば、あの店にもあったっけ。
結局、一度も食べられなかったプリンアラモード。300円って安くて、どんなんだろうって思ってたけど、勇気を出して頼んでみればよかった、な。
はあ、とため息をつき、ぼんやりと店の外を眺める。
当たり前だけど、窓の外の景色はあの喫茶店とは違ってて、似たような雰囲気なのに落ち着かない。
もうあのフレンチトースト、食べられないのかな?
店のオバサンにも……バイトのお兄さんにも、もう会えないんだろうか?
ガラスのコップを手に取って、カランと氷を鳴らし、冷たい水をごくりと飲む。
間もなく「お待たせしました」って男の人の声がして、目の前にスッと白いコーヒーカップが置かれた。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
黙ったままうなずくと、テーブルの端っこに会計票が裏向けて置かれる。
そんなとこも例の喫茶店にちょっと似てて、懐かしいなと思った。気のせいか、ウェイターさんの声も似てる、かも。
はあ、とため息をつき、アメリカンにミルクと砂糖をたっぷり入れる。
『アメリカンはブラックで飲めよ』
バイトのお兄さんに1度、くくっと笑われたのを思い出す。
アメリカンコーヒーは浅煎りの豆で淹れるんだって、教えてくれたのもその人だった。
何度かあの店に通ったのに、喋ったのって結局、1回か2回だっけ。
こんな簡単に会えなくなるとは思ってなかった。もっと勇気出して喋ればよかった。
コーヒーカップにふうふう息を吹き入れて、熱いだろうコーヒーに恐る恐る口を付ける。そしたらなぜか、そのアメリカンは少しぬるくて――。
「う、え……?」
うろたえながらカップを置き、カウンターの方に視線を向けると、見覚えのあるお兄さんと目が合って、ドキッとした。
ウソ……、と、唇から呟きが漏れる。
お兄さんは最初から、オレだって分かってたみたい。
「よお、久し振り。相変わらず猫舌か?」
そんなことを言いながら、ニヤッと笑いかけてくれた。
それで初めて知ったんだ。あの喫茶店のアメリカンが、いつも少しぬるかった理由。
「言っとくけど、水で薄めてる訳じゃねーぞ」
お兄さんの憎まれ口に、じわっと赤面しながら、こくこくうなずく。
「もう阿部君。お客さんに失礼だよ」
店の人に叱られて肩を竦める仕草も、格好良くて変わらない。
オレがアメリカンをブラックで飲めないのと同じで、お兄さんの態度も変わんなくて、嬉しかった。
「ワリー、ワリー。お詫びにフレンチトースト、奢ってやるよ」
お兄さんの言葉に、ドキッと心臓が音を立てる。
「あ、の、いつもの……」
「そう、いつもの」
「べちゃっとした……」
本音を漏らすと「はあっ!?」って凄まれたけど、軽いやり取りがすごく楽しい。
好きだなぁと思った。
浅煎りのアメリカンも、オレが猫舌だって気付いててくれたことも、甘みの強いフレンチトーストも、全部好きだ。
「ほら、お待たせ」
ことりと目の前に、焼きたてのフレンチトーストが置かれる。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
お兄さんの言葉に黙ったままうなずくと、わしゃっと頭を撫でられた。
バイトの態度としてどうかって気もするけど、ずっと気安くして欲しかったから、嬉しいって気持ちしか湧かない。
「今度来たときは、アメリカン、ブラックで飲んでみろよ」
前と似たようなことを言われて、「はい」とうなずく。
今度、って言われたのが嬉しい。
あの店は閉店しちゃったし、店のオバサンもいないけど、ここに来ればまた、静かで穏やかな時間が過ごせる。
――今度は、プリンアラモード、頼んでみよう。
密かに心に決めながら、フレンチトーストにフォークを入れる。
久々に食べたソレは、やっぱりちょっとべちゃっとしてて、お母さんのよりも甘かった。
(終)
※お題お借りしました:レモン色でさようなら様より「その思い出は甘いのか」http://alicex.jp/byebyelemon/74/
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!