小説 2
1 命令
繰り返すが、ニシウ・ラーに身分制度はない。王族・貴族であると言うことは、つまり他国民だって事だ。田舎者の証拠だ。だから学校では、例え身分が高かろうと、敢えて秘密にして過ごす者もいる。オレなんかもそうだった。
オレ達は小さな頃から、ニシウ・ラー国民、ラーゼであることを誇りに思うように、教育を受けてきた。
だって、大陸随一の先進国だぜ。他国に先んじて石炭を使いこなし、火器を重んじて火薬を扱う。剣なんかダセェって、みんな思ってる。
なのに。何でオレは、こんな汗まみれになって、剣の素振りをさせられてんだ?
「おら、サボんな!」
よろめいた腰に、元希の蹴りが飛ぶ。オレは左肩で汗を拭い、奴を睨んだ。
「あと百回!」
言われて再び剣を構える、が。
「やってられるかーっ!」
ガシャンと剣を投げ捨てた。はは、手のひらが笑ってる。マメが潰れて皮がめくれ、オソロシー事になっている。
「あー! 何してんだよ!」
元希が屈んで剣を拾うのを、ちらっと見て背を向ける。だってもう沢山だ。
「オレはペンより重いモンは持たねーんだよ!」
「それを言うならナイフとフォークだろ」
「うるせー。ペンは剣よりツエーんだぞ」
「そんな理屈が通用するかよ!」
ヒュッと目の前に、元希の剣が突き出される。目が笑ってねー。意地になってんな?
「じゃあ、あと十回だけ」
オレが譲歩すると、元希が首を振った。
「百回!」
「う、二十回」
「百二十回!」
増えてんじゃねーか。
「じゃ、くそ、五十回」
「おし、あと五十な!」
元希が二カッと笑った。ムカツク。
でも仕方ねー。これは罰なんだ。
あの後、フミキのせいでスリ家業がバレたオレは、元希に延々怒られた。「しょーがねーだろ、金がねーんだから」と反論したら、真面目に働けと説教された。ま、そりゃそうだ。世の中の貧乏人が、みんな盗みをやってる訳ねーもんな。
そんなことが親父に知られたら、ソレハ恐ろしい事になるんだそーだ。
で、黙って貰う代わりに、元希の命令を聞くことになった。期間は、トーダ・キタの成人式が終わるまで。どんだけ長いんだ。
命令その一、兄上と呼ぶこと。ま、お兄様よりゃマシだ。
命令その二、一緒の宿に泊まること。でも来て見りゃ、迎賓館。大雑把な奴だよ、ホント。
命令その三、今度の新大統領就任式典と、その後のパーティーに、レンを連れて参加すること。
命令その四、剣の練習に付き合うこと。これだ。嫌がらせにしか思えねー。
その他にも、レンと遊ばせること、とか。あいつが選んだ服を着ること、とか。もう覚えんのもムリってくらい! あー、高くついたぜ。
けど、オレにとって不都合はあんま無かった。何より、相変わらずレンと一緒だし。元希らはレンの事、オレから取り上げようとは絶対にしねぇ。レンの嫌がりそーな事も。
兄って関係を差し引いても、うん、悪い奴じゃねー。出会ってから数日間の関わりで、オレは元希を信用した。
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