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小説 2
6 秋丸
 竜卵とは一体何のことなのか。

 気にならない訳じゃなかったが、まずは俺の質問より、元希らの用事が先だろう。
 オレは机とベッドしか家具の無い自室に、二人を案内した。もちろんレンも一緒だった。

 元希は勝手にベッドにどっかり座り、くすんだ天蓋や、色あせてきたカーテンなんかを、面白そうに眺めてる。話をする気もないらしい。
 秋丸はというと、元希の側に立ってはいるが、奴を全く当てにしてない様子で話し始めた。オレは彼等に向かい合うよう、固いイスを動かして座り、側に立つレンの腰に腕を回した。
 レンの低めの体温は、いつもオレを落ち着かせてくれる。
「まず聞きたいのは、御方様が亡くなった時期なんだけど」
 秋丸の問いに、オレはできるだけ順序だてて、今までの事を説明した。
 親父のことは、聞いた覚えが無い事。母さんが流行り病で亡くなった事。その後、母方の親族と名乗る連中が押し掛け、ほとんどの財を奪われた事。そして唯一残った、形見の指輪。

 オレは胸元から布袋を取り出し、その中の指輪を秋丸に見せた。
「これは見事なブラックオパールだねぇ」
 秋丸が感嘆の声を上げる。
 ブラックオパールというのか。オレは形見の宝石の名を、初めて知った。母さんが「黒の御方」と呼ばれてた訳も。
 ブラックオパールは黒い石じゃない。赤、青、緑……鮮やかな色が角度によって様々に輝き、コロコロと表情を変える、虹色の石だ。母さんもそんな風に、表情を変える人だった。
 母さんは愛されてたのかも知れない。
 顔も覚えてねーくらい長い間、会いに来なかった親父だけど。母さんだって、ずっと好きだったのかも知れない。思い出で生きてくくらいには。
 オレはそんな事を、ふと思った。

「大事にしてたから、間違っちゃったんだねー」
 秋丸がしみじみと言った。
「隠し持つべきだったのは、もう一つの指輪だったんだよ」
 もう一つの指輪? 覚えがねぇ。
 そう言うと、元希がよいしょと立ち上がり、俺の目の前に左手を突き出した。中指に、ごつい金の指輪がはまっている。そこには単純な模様が刻まれていた。
「こーゆー、金の指輪だよ。銀かも知れねー。覚えてねーか?」
 オレは、古い記憶をめぐらせた。
 そういえば、どこかで見たような? 母さんの文机の引き出しの……。
「手紙の封に使う奴か?」
「そーだよ、蝋印に使うんだよ。紋章入りの指輪」
 元希がやれやれと溜息をつく。
「大事だって聞いてなかったのかよ」
「聞いてねーよ」

 聞いてたら、奪わせやしなかった。

 指輪は文机ごと持ち去られた。今更もう遅いんだ。
「くそっ」
 悪態をつくオレを、なだめるように秋丸が言った。
「まあこれで、偽の手紙の理由がわかったね。王からの金品の受取人も変更されてたんだ、紋章の力でね」

「じゃあ、これで一つ解決だな」
 あっけらかんと元希が言った。
「解決じゃねーだろ」
 だってそれじゃ、奪われっぱなしじゃねーか。別に親父に頼ろうとか、金送って来いとか、そういうんじゃねーけど。放っとかれたこと許せねーし、つか、放っとかれてて結構だけど。田舎王子よりやっぱ、ラーゼでいたいけどさ!
 そんなオレの考えをよそに、元希はピシッと、オレに指をつき差した。

「とゆーわけで、次はおめーの成人式だな。出発は一週間後だ、支度しろ」

「はあ? 意味がワカンネー!」
 思わず大声を出したオレに、秋丸がまた、まあまあと合図する。説明してくれるってか。
 元希はどうやら、言葉が恐ろしく足らない奴なんだな。秋丸はそのお守り役なんだ。大変なこった。

「つまりね、君、もうすぐ誕生日だよね。君の成人式が準備されてるんだよ。一時帰国とか式典とか、各国へのお披露目とか、それについての打ち合わせをずっと前から進めようとしてたんだけど、こちらからの返事がどうも要領を得なくて。黒の御方が、息子の成人を喜ばないハズ無いだろうし、前々から手紙の内容もどうもおかしいと思ってたけど、やっぱりおかしいんじゃないかって事になって。それで我々が見に来たんだよ」

 秋丸の長い話は、最初の段階で頭に入らなかった。だって誕生日はもうすぐだが、成人は二年後だ!
「息子の年もわかんねーのか」
 怒って言うと、元希と秋丸は顔を見合わせた。
「え、でも君、もうすぐ十六だよね?」
「そーだけど、成人は十八からだろ」
「バッカ、お前、成人ったら十六に決まってんだろーが!」
 元希に言われてむっとする。
「田舎の事なんか知らねーよ。ニシウ・ラーの成人は十八だ。オレはラーゼだぞ」
「おめーはトーダ・キタの第五王子でもあるんだよ。別にずっといろっつー訳じゃねー。ちょっと顔出して、式典やって、愛想振りまいたらすぐ戻れ」
 何だそれ。身も蓋も無い言い方だ。おれはムカツキも忘れて、笑いをかみ殺した。つい力を入れて、レンを抱き寄せる。
「おう、そいつも連れてけよ」
 元希がレンを指差した。そりゃあレンを置いて、長く家を出れないけど。こいつ、オレと一緒じゃなきゃ寝れねーし。
 つか、まだオレ行くとか言ってねーけど。今日いきなり言われたって、行くも行かねーも決められねーだろ。大体往復にどんだけ掛かんだよ。どんだけ遠いんだ。その間、学校はどうすんだ。家は、仲間は。

 突然、元希が手を打った。
「そうだ!」
 いい事を思いついたと言わんばかりの、満面の笑み。
「今度のに、お前らも来い」
「はあ?」
 意味がワカンネー。今度のって何だ。元希って、いつもこんな喋り方すんのか? 秋丸、疲れねーか?
 しかし秋丸は慣れてるらしい。こんなで話が通じてる。
「今度のって、この国のか?」
「そーそー、ツッマンネー名代だけどさー、竜卵持ってけばオモシレーぞ」
 くくく、と元樹が笑う。秋丸も、真面目な顔を歪めてる。だがオレは笑えねー。
「レンはモノじゃねーよ。持ってくとか言うな! 大体、竜卵って、何だ?」

 立ち上がって怒鳴ったオレに、元希と秋丸は顔を見合わせた。

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あきゅろす。
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