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小説 2
5 元希
 他人の屋敷の玄関口に、胸を張って堂々と立ち、男は無遠慮な目で、荒廃した屋内を眺めている。
 オレと同じ黒髪、背は高いがまだ若い。成人したばかりくらいか。オレ達より少し上だろう。
「なんだぁ? ガキばっかかよ。おい、誰か大人を呼んで来い」
 チビどもが遠巻きに見つめるのを、片手でうるさそうに追い払う様子は、横柄そのものだ。

 オレは慌てた様子を見せないよう、わざとゆっくり階段を下りた。玄関フロアの真ん中で、両足を肩幅に立ち、背筋を伸ばして後ろ手を組む。公式な起立姿勢だ。
「あいにく当家に、成人はおりません」
 するとオレの顔を見るや、男は指さして破顔した。
「あーっ、お前、隆也だろ。黒晶五星・阿部・隆也」
 それを聞いてギョッとした。こいつ、何者だ?

 貴族を表す漢字名……黒晶五星・阿部・隆也。
 それはオレの本当の名前だった。母さんがいない今、呼ぶ者はいないハズの。二年前に捨てたハズの。

 オレはすぐには答えられず、不覚にも呆然としてしまったが、男は構わず歩み寄り、オレの両肩に手を置いた。
「すぐ判ったぜ、親父にそっくり! 初めまして、弟よ!」
 人間、ホントに驚愕すると、手の動かし方すら忘れるモンなんだ。
 オレはギクシャクと右手を上げ、兄と名乗る男の手を払おうとする。ギクシャクしてるので、当然奴の方が動きが早い。
 素早く後ろに飛び退き、奴は余裕の顔で笑った。
「オレはトーダ・キタの第二王子、陽光次将・榛名・元希。親父の名代で来てやった。黒の御方はどこだ?」
 黒の御方ってのは、母さんの事だ。そう呼ばれていたのを知っている。
「言ったハズだ、ここに大人はいない。母は二年前に死んだ」
 元希の眉間にシワが寄る。後ろに控えてた側近と顔を見合わせ、「そういう事かよ」と呟いている。

 でも、ちょっと待てよ。こいつ今、第二王子とか言わなかったか?

 漢字名を持ってることから、オレは自分が貴族であると知っていた。親父について、母さんは多くを話してくれなかったが、いつも淋しそうなのは気付いてた。だからどこか遠くの田舎貴族の、寵を失くした愛人なんだと思ってた。
 まさか、王族の妾妃だったとは。
 で、オレってどっかの王子な訳? トーダ・キタったら大陸の西の果てじゃねーか。随分田舎だな。
 だが、関係ない。顔も知らねー親父も、行ったことねード田舎も。だってオレは栄えある大都会、ニシウ・ラーの首都に住む、ラーゼなんだ。身分制度の無いこの国で、実力で大統領になってやる。

「母の墓なら、裏庭にある。名代だかなんだか知らないが、墓参りしてさっさとド田舎に帰れ」
「何だぁ、そのイイグサはー!」
 元希が気色ばむが、知った事じゃねぇ。
「死んだことに二年も気付かねーって、どうなんだよ」
「そりゃー、ずっと手紙が届いてたからだよ!」
「死人がどうやって手紙出すんだよ」
「来てたモンは来てたんだよ。親父は金だって送ってたんだぞ」
「貰ってねーよ」
「見りゃー判るよ」

 言い合いを続けるオレ達の間に、「あーっもう!」と叫びながら割って入ったのは、元希の側近だった。いや王子の側近にしては、態度がでかいか?
「お前に任せてたら、話が進まない。オレが話す」
 元希をぐいっと押しのけて、茶髪メガネの側近が言った。
「初めまして。オレは秋丸・恭平。元希の乳兄弟でね。こいつの言った通り、君の母上の死亡は知らされていないし、生活費や贈り物は、毎月きちんと送られてる。だが手紙の内容がどうもおかしくてね、様子を見に来たって訳なんだよ」
 簡潔に話をまとめて、彼は屋敷の中を覗き込んだ。つられて後ろを見ると、レン以外誰もいない。きっと気を利かせたチヨが、皆を奥に連れて行ったんだろう。
「玄関口じゃなんだから、入れて貰ってもいいかな。込み入った事情もありそうだ」
 この側近の態度には、好感が持てる。オレは一瞬ためらったが、彼らを家の中に入れることにした。

「客間は散らかってっから、オレの部屋でもいいですか?」
「てめぇ、何で秋丸には敬語なんだよ」
 元希は文句を言いながら、ふとレンに目を留めた。
「あれ、こいつ……」
 レンの顎を掴んで、上を向かそうとするのを見て、カッと血がのぼる。

「触んなっ!」

 バシッと奴の手を打ち払うと、元希は少しふてくされたような顔をした。
「んだよ、別に盗りゃしねーよ。いーじゃねーか、ちょっと見るくらい」
「ふざけんな!」
「怒んなよ。だって初めてジツブツ見るんだ、珍しーじゃねーか」
 これ、お前の?
 悪びれもしないで、元希は言った。

「これ、竜卵だろ?」

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あきゅろす。
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