小説 2
4 部下
「知ってる顔か?」
ズバッと訊いてやると、隊長はクッと小さく喉を鳴らして「はっ」と答えた。
知り合いらしい男からゆっくりと目を離し、立ち上がってオレを見る。
スゲー苦ぇ顔。
でも、ベラベラ言い訳しねー潔さは、好感が持てた。
「我が隊の者に間違いございません。私の部下です」
「そいつ1人だけか?」
オレが訊くと、隊長は正直に、「見覚えある限りは」と言った。
「ふん」
うなずいて、考える。
じゃあ残りは何だ? そいつの仲間か? 金で雇われた? ホントにビジョー人は混じってねーのか?
「訊かなきゃいけねーことは、いっぱいあるな」
聞こえよがしに呟いて、残忍そうな顔でニヤッと笑って見せてやったら、当の襲撃者から情けねぇ悲鳴が漏れた。
オレを怖がる気持ちがあんなら、最初からバカな真似をしなけりゃいい。
……ムカつく。
ムカついてますます凶悪に笑ってやってたら、正面から隊長に声を掛けられた。
「恐れながら、殿下。尋問は我々にさせて頂けないでしょうか?」
我々ってのは、つまり国境警備側にって事か?
「はあ?」
大丈夫か? 身内が身内を裁くのって、難しーだろ?
本当にキチンと取り調べができんのか、犯人に甘くしねーか、信用できるか分かんねぇ。
もしかしたら、「うっかり」逃がしちまうかも知んねーしな。
けど、うちの副隊長をちらっと見たら、油断ねぇ目をしつつうなずいてたから……じゃあ、信用してやろうかと思い直す。
まあ、全部をオレ達がやるって訳にもいかねーし。頭から疑ってかかんのもよくねーか。
「任せていーんだな?」
そう言うと、隊長は「はっ」と敬礼した。
じっと目を覗き込んでやっても目を逸らさねぇ。
「じゃあ、頼むな」
オレはそう言って、隊長の肩に手を置いた。
そしてコソッと、耳元で囁く。
「黒幕を吐かせろ」
隊長の肩がびくっと揺れて、それにオレは黙って笑った。
襲撃者達の引き渡しがすんだ後、立ち尽くしてた町長も退がらせて、ようやく身内だけの顔ぶれになった。
「殿下、お召を。竜殿も」
いつもの従者に服を渡され、ようやく上が裸だったと思い出す。
「おー、サンキュな」
受け取った服に袖を通しながら廉を見ると、廉もちょっと気まずそうに、キョドキョドと視線を揺らしてた。
冷静なつもりだったけど、本当には余裕なかったかも知んねー。そう自覚すると、ちょっと不安になってきた。
余裕がねーと、判断を誤りやすいしな。
「今更ですけど、あれで良かったでしょうか?」
直姫に訊くと、「いいだろう」つってうなずいて貰えた。
「どうぞ殿下のお心のままに」
近衛兵の連中は、頭を下げて従ってる。
お心のままに、つってもな。信頼してくれんのは有難ぇけど、盲目的に従われてもやっぱ困るし。
「間違いそうになってる時には、殴ってでも止めて貰わねーと」
苦笑しながらそう言うと、直姫がふふっと小さく笑った。
「元希と同じことを言う」
途端に、脳裏にバカ兄貴のドヤ顔が思い浮かんだ。はーっ、と大きなため息をつく。
その情報は要らなかった。
けど、直姫の顔色が少し良くなったような気もするから、姫にとってバカ兄貴の話題ってのは、リラックス効果もあんのかも知んねー。
まあ、あんまからかってたら殴られかんねーから、わざわざ口に出したりしねーけど。
寝られそうなら寝た方がいーんじゃねーかって言ったんだけど、直姫は「眠くない」っつって、そのまま朝まで起きていた。
結局、襲撃者の尋問待ちだ。
さっさとこんな町からは移動してーところだけど、尋問の結果も気になるし。
襲撃の黒幕が誰か、目的がなんだったかをきちっと知っとかねーと、やっぱ怖ぇしキモチワリー。
とはいえ、ずっと町長の屋敷に引っ込んでんのもうんざりだから、町を散歩することにした。
直姫も、ずっと屋敷の中にいんのは落ち着かなかったんだろう。
「ご一緒にいかがですか?」
オレが誘うと、「いいだろう」つってついて来た。
護衛は別にいらなかったけど、副隊長が当然のように側に来たんで、別に迷惑でもねーから好きにさせた。
「ここには一度、来た事があるんです」
姫に打ち明けながら、大通りをゆっくり歩く。
王子一行が来るって、あらかじめ知らされてたんだろう。前に来た時とは、雰囲気がまるっきり違ってた。
まだ早朝ってのもあるんだろうけど、酔っ払いがクダ巻いて座り込んだりしてねーし、道にもゴミ1つ落ちてねぇ。
国境警備兵も誰一人酔っぱらってねーし、下んねー騒ぎを起こしてるヤツもいなかった。
「お忍びで来たのか? どうだった?」
直姫はそう訊きながら、大きな瞳でオレと廉の顔を交互に見た。
言わなくても、答えは分かってるっぽい。
「全く印象が違いますね。王子に見せる姿と、通りすがりのよそ者に見せる姿とじゃ」
そう思うと、今まで通って来た町や村も、もっかい確かめてみてー気がする。
のんびりと大通りを歩きながら、オレは周りの店や人を、記憶の中と見比べて回った。
大して歩かねー内に、町の外れの方にまで出た。小ぎれいな通りとは一転、草ぼうぼうの、荒れた畑が広がってる。
真面目な副隊長が、憤慨したみてーに「なんだ、これは」って呟いた。
はっ、と苦笑する。
まあな、大通りは数日でキレイにできても、荒れた畑は数日じゃどうにもなんねーだろ。
じゃあ、あのため池はどうなってるかな?
廉の顔を見ると、同じことを考えてたみてーだ。
琥珀色の大きな目が、まっすぐに水の気配に向けられていた。
(続く)
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