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小説 2
3 沿道
 ムサシ・ノウに行くのに、二つルートがあると知ったのは、出立の前日だった。
 つまり、普通に陸路と、大河を下って海に出る、海路と。
「え、お前、知らなかったの? ダッセー」
 元希に言われるまで、大河を使うなんて、考えてもみなかった。確かにこりゃ、ダセーとか言われても仕方ねぇ。
 そりゃあ今は、馬とも良好な関係だし、陸路で行くのに不満はねーけどさ。でも、オレ達はやっぱ、海に属す存在だ。海路で行く方が、色々便利には違いねぇ。
 時々、海で遊べそうだし。

「なんでそっちのルートが選ばれなかったんだ?」

 元希に訊くと、「そりゃ茶番だからに決まってんだろ」と言われた。
「儀式よ、儀式。様式美。巷を騒がす竜王子が、トーダ・キタの王族であるって、広く知らしめる為の儀式なんじゃねー?」
「あー」
 まあ、様式美で茶番だってのは分かってたけどさ。だって、ホントはひとっ飛びで行ける所を、わざわざ何日もかけて行くんだから。
「だからお前、沿道に手ぇ振りながら、ゆっくり行進すんだぜ」
「んな訳ねーだろ」
 からかうように言われて、むっとすると、元希がふと真顔にになった。
「……姫を頼んだぞ」
「分かってんよ」
 そんなこと言われっと、あの夜を思い出す。ビジョーの屋敷で、部屋を出るオレ達を追い掛け、「もしもの時は……」ってこいつが言った、夜の事を。
「あ、そうだ指輪、返しとく」
 オレは預かってた紋章入りの金の指輪を、コトン、とテーブルに置いた。
 すると元希が、「ん」と左手を突き出した。そうか、自分じゃはめらんねーんだな。

 元希が背負った、この先の一生分の不便さを、ふと垣間見た気がして……オレはそっとため息をついた。



 出立式は、またもやバカバカしい儀式から始まった。城の外階段に、今度は王族や貴族、大臣や議員なんかが並んでる。元希もいた。親父の近くに立ち、直姫をずっと見つめてる。
「陛下。逗留中お話になりました。盛大にお見送り戴き、感謝致します」
 直姫が、親父に頭を下げて、先に階段をゆっくりと降りてった。
「父上。兄上の名代として、姫の護衛、勤めさせて戴きます」
 オレも、あらかじめ決められてた台本どおりに、口上を述べた。台本がある時点で、マジ茶番だった。
「うむ。よく励め」
 これまた台本どおりに親父が言い、台本どおりに敬礼する。
 何もしなくていいのは、廉だけだ。廉はオレの側に立ち、頭も下げず、礼もとらず、人間たちのやることをじっと見てた。
 そして、オレの後に従い、ゆっくりと階段を降りた。

 オレ達が馬のすぐ近くまで降りてくと、馬が一斉に礼をする。階段に居並ぶ連中がざわめくが、親父の一言で静まった。
「出立せよ!」
 隊の全員が一斉に馬に乗る。副隊長に促され、オレは大声で言った。
「出立!」
「おーう!」
 隊員たちがこぶしを上げ、オレに応えた。
 直姫は、侍女と一緒に馬車に乗ってる。勿論隊には他の召使や料理人など、色んな使用人が同行してた。
 食料や着替えや、その他もろもろの物を積んだ、荷馬車も数台入ってる。
 見世物の為じゃなくても、これでは成程、ゆっくりとしか進めそーにねぇ。荷馬車放っといて、早駆けする訳にいかねーもんな。


 城の正門が開かれる。先頭は副隊長に任せ、オレと廉は真ん中辺り、直姫の馬車に並んで馬を進めた。
 沿道には、たくさんの人が集まってた。オレ達に向けられんのが、悲鳴じゃなくて歓声で、ほっとした。直姫に倣って軽く右手を挙げながら、歓声にこたえ、ゆっくりと進む。
 オレ達の隊列より、少し広めに幅を取って、等間隔に護衛兵が並んでる。民衆が押し寄せんのを防ぐ為だ。それに、馬の前に出られっと危ねーかんな。
 わーわーという歓声の中に混じって、「タカヤ、レン!」と呼ぶ声がした。声のする方を見れば、タジマが手を振ってる。オレは右手を握りこぶしにして、それに応えた。廉に教えてやろうとすると、廉もちゃんと気付いてたみてーで、優しい笑顔を向けていた。
 これで少しは、マシな肖像画が描かれるようになりゃいーんだけど。


 城下町を出て、人垣がなくなり、ようやくほっと安心した。
 愛想振りまくのが疲れた訳じゃなくて、緊張してたんだな、やっぱり。だって、あんな人ゴミに囲まれて、あんな真ん中で目立ってたら……どっかから弓や火器で狙われてたって、絶対分かんねーもん。
 これから、行く先々の街や村で、あんな感じになるんだと思うと、ホント先行きが憂鬱だった。



 その夜。オレ達に同行したいつもの召使が、また湯に香油を垂らしてくれた。
「あんがとな」
 オレが礼を言うと、召使が微笑んで、「もったいないお言葉でございます」と言った。
 そして……オレは知ったんだ。普通、王族は召使に礼なんかいちいち言ったりしねーって。

「ま、普通じゃなくていーけどな」
 オレの言葉に、召使は微笑んで頭を下げた。


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あきゅろす。
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