小説 2
3 チヨ
オレの、いやオレ達の住む家は郊外にある。自分で言うのも何だが、広くて立派な屋敷だ。
二年前までは、数人の使用人と一緒に、母さんと暮らしていた。だが流行り病で母さんが死んだ後、状況は急変した。
母方の親族だと名乗る奴らが次々に押し寄せ、何だかんだと理由をつけて、宝石や衣装から家具調度品に至るまで、ほとんど全てを持ち去ってしまったんだ。
後に残るのは、隠し持っていた形見の指輪と、住んでいたこの家だけ。
大き過ぎて運べなかったらしい、幾つかのベッドや長テーブルだけが残された屋敷で、十三歳のオレは途方に暮れた。
援助はなく、頼れる者もあてもない。とても一人では生きて行けない。そんなオレを支えてくれたのは、フミキ達だった。
今は「ただいま」と扉を開ければ、たくさんの笑顔が出迎えてくれる。
「おかえり」
「おかえり、タカヤ兄ちゃん」
「おかえりー」
まとわりつくチビどもをあしらいながら上を見ると、埃と蜘蛛の巣だらけのシャンデリアの向こうに、すっかり色あせた赤いカーペットの螺旋階段。
その階段をゆっくり降りながら、「おかえり、遅かったね」と一人の女子が声を掛けて来た。
フミキと同じく、同級生のチヨだ。
この家には孤児ばかりが二十人ぐらい住んでいるが、一応オレ達が最年長になる。
「おー。大漁だぜ」
オレは、ずっしり重くなったカバンを肩から下ろし、床に放った。ズシャッという重そうな音に、チビどもがワッと声を上げる。
チヨはこの家の会計係りだ。オレだって当然計算くらいできるが、暗算の早さと正確さは、とても彼女にかなわない。
その気になれば、会計士の資格だって簡単に取れるだろうし、そうすれば成人してすぐ就職、高給取りも夢じゃない。
だがチヨは、チビどもの世話を理由にして、やっぱり学校をサボりがちだった。
筆箱とノートを抜いたカバンを、丸ごとチヨに預けて、オレは代わりにレンを受け取った。物じゃない、一応人間だ。
「よおレン、街はお祭り騒ぎだぜ」
返事はない。琥珀色の瞳には、何の感情も浮かばない。
よっぽど辛い目にでもあったのか、三カ月前にうちに来てから、ずっとこうだった。
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