小説 2
7 作業
大河の上流、とタジマのばーさんは言ったが、上空から見れば、石切り場も材木採取場も、そんな上流にある訳じゃなかった。
廉と一緒にあちこちを飛んだが、そういえばこっちの方には来た事が無かったな、と思う。
やや離れた場所に、いつものように上空から飛び降りる。
むせ返るような緑の匂い。いや、土の匂いか? 都会育ちのオレには、まるで馴染みのねぇ匂いだ。以前のオレなら「臭い」って切り捨てたんだろうが、今は……悪くない。
なんだか全てに歓迎されてる感じがして、気分が良かった。
あちこちから、カーン、カーンと音が響く。木を切る音なんかな。オレ達はその音を頼りに、そちらの方へ移動した。
道中、小さな動物や鳥達が、廉に挨拶に来た。廉は歩きながら右手を挙げ、礼を返した。
海から来たのに、森の王でもあるんだな。
誇らしさに微笑みながら、木立を抜ける。人の気配を感じて、小動物たちを追い払い、様子を伺うと……広場には100人程の人間が、にぎやかに働いてた。
どうも分業して仕事してるみてーで、木を切る係、運ぶ係、枝を落とす係、ロープで縛る係、と様々だ。ロープで材木を縛った後は、大河に落として浮かべてる。成程、河を使えば楽に下まで運べるよな。
さすが西の人間だから、背の高ぇ奴が多い。けど、中にはそうでもねぇ奴らもいて、よく見ればオレと同年代くらいだ。
その中に、見覚えのある顔があった。廉も気付いたみてーで、オレの服のすそを引く。以前、国境近くの町で助けてやった兄弟の、兄の方だ。
あいつにはオレ達の顔、覚えられてっかも知んねー。こりゃ、今日は近付くのやめた方がいいかな? 廉と顔を見合わせ、森の中に引き返そうとした時……声を掛けられた。
「帰んのか?」
振り向くと、タジマがいた。
「お前……びっくりさせんなよ」
全く気配を感じなかった。さすが同業者。
「びっくりさせんのは、お前らだろ? まさか、ここで会うとは思わなかったぜ」
無邪気に言われて苦笑する。
「オレだってそうだよ。今日、お前ん家に行ったんだぜ」
「へー。そりゃ悪かったな」
そんなことを話していると、一番気付いて欲しくねー奴に気付かれた。
「あ、あのっ」
助けてやった兄の方だ。そいつはオレ達の足元に、飛びつくような勢いでひざまずき、頭を地面にこすり付けた。
「せ、せ、せ、先日はありがとうございました!」
「うわ、やめろ」
オレは慌てて飛びのいた。
「ちょっと待て。いいから、立て」
立ってくれ、とか言ってもきいてくれなそうなんで、命令してみる。すると思った通り、奴はぴょんっと立ち上がった。
「礼とかいいし。もう気にすんな」
「で、で、でも、お金まで戴いて。しかも、あんな大金を」
今度は直立不動のままで言われると、どうしたもんかと思う。
「あー、あの金は、あん時の酔っ払いから頂戴したもんだから。慰謝料と思って受け取っとけ」
そいつは意味が分かんなかったみてーだが、タジマにはさすが通じたみてーで、ニヤニヤ笑われた。元希ならゲンコツ飛んで来んだろうけど、同業者はやっぱ、こんな時いーよな。
「とにかく、いいか、普通にしろ。ひざまずくな。敬語使うな。どもるな。……オレはタカヤだ。こいつはレン。タジマのことは知ってっか?」
そいつは一々大きくうなずき、どもらずに名を言った。
「オレはユウトです」
そして、初めてオレ達に笑った。何か気の抜けるような、ほにゃっとした笑みだった。
4人で固まってると、さぼってると思われたらしい。
「おい、そこの若いの!」
と大柄なヒゲオヤジに注意された。
「もう充分休んだだろ、切ったの取りに行って来い」
「はーい」
タジマが返事をして、「行こうぜ」と駆け出した。ユウトはオレ達に軽く頭を下げ、タジマの後をついて行く。その背中を見送ってると、タジマが走って戻って来た。
「行かねーの?」
え、行くって、作業にか?
「いやー、オレ達、肉体労働は……」
「やんねーの?」
タジマから笑みがふっと消える。初対面のときみてーな、探るような目。
廉を見ると、一緒に行きたそうな顔をしてる。
「お前、やりてーか?」
廉が迷わずうなずいたので、オレはため息をついた。
「あー、じゃあ、ちょっとだけな」
タジマはニカッと笑って、「決まりだな」と言った。
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