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小説 2
7 争い
 雷雲を背負ったオレを更に怒らせたのは、町で起こっていた騒動だった。
 子供の泣き叫ぶ声と、男の怒鳴り声が、町の入り口まで響いてる。さっきの兵士のせいで、とっくに機嫌の悪くなってたオレは、迷わずその騒ぎの方に走った。
 状況はすぐに分かった。
 酔っ払った兵の一人が、うずくまる子供を蹴りつけてた。何度も!

「てめえ、やめろ!」

 オレは怒鳴った。同時に雷鳴が轟いた。
 もうオレは気配も力も隠していなくて、それを感じたのか、人の輪は少しずつオレの方から切れていく。オレと廉だけをぽっかり残し、反対側へと動いてった。
 みるみるうちに空が、灰色の雲で覆われていく。けどオレは頭に血がのぼってて、そんな事に構ってられなかった。

「大人がこんな小せぇガキ蹴って、何が面白い!」
 怒鳴りつけたオレを、兵士はじろっと睨みつけた。酔ってるせいか、オレ達の異質さには気付いてねーらしい。
「うるせー、口出すんじゃねー。このガキは俺様の大事な食事をこぼしやがったんだよ。蹴り殺されたって文句ぁ言えねーんだよっ」
 何だと、コラ。そう思ったのと同時に、兵の後ろから声がした。

「嘘だ!」

 見れば、うずくまってるガキとよく似た少年が、他の兵士に羽交い絞めにされて、暴れてる。
「あんたが足、引っ掛けさせたからこぼしたんだ! ちゃんと見てた! 弟は悪くない!」
 酔った兵士は「うるせぇ」と兄を殴り、弟をまた蹴った。殴られたついでに拘束を解かれた兄が、弟に飛びつき、庇うように抱き締めた。その背中を更に、兵が蹴りつけようとするのを見て……。
「やめねーか!」
 オレは右手をブン、と振った。すると兵士が吹っ飛んだ。
「失敗したとか、してねーとか。んなの、ガキ蹴っていい理由にゃなんねーんだよっ!」

 さすがに酔っ払い共も、ざわめき始めた。
 オレが一歩踏み出すと、そいつらも一歩後ずさる。
 風がビュウビュウと吹き荒れた。あちこちに小さな竜巻が舞い、通りのゴミを巻き上げた。

「お、お、お、俺達は国境警備兵だぞ」
「だからどーした、余計悪ぃわ! 昼間から酒呑みやがって!」
「お、お、お、お前ら農民より、身分が高いんだぞ」
 下らねーことをまだ言い募る、兵士共を睨みつける。
「バカか、職業に貴賎なんか無ぇ! ニンゲンはみんな平等なんだよ!」

 こんな事、就学前の子供だって知ってるってのに。ニシウ・ラーじゃ当たり前なのに。

「農民だろうが、貴族だろうが、同じだ! むしろ強ぇ奴は弱ぇ奴を守んのが義務だろう!」
 当たり前の事、なんで声高に叫ばなきゃなんねーんだ?

「国民を守らねー兵士は兵士じゃねえ。お前らはただのならず者だ!」

 そうだ、そうだ、と周囲の奴らが騒ぎ始めた。うずくまる兄弟に、廉が近付く。オレの怒りを感じて、瞳が金に煌めいている。兄弟は恐ろしげに見つめたが、廉から逃げようとはしなかった。

 追い詰められた兵士共は、結局次々に剣を抜いた。また剣か。また力ずくか。もう、田舎モノ共にはうんざりだ。
「死ねー!」
 振り下ろされた剣を、オレは素手で受け止めた。もう頭にきていて、怪我するかどうかとか、心配してもいなかった。なまくらな剣は、オレに傷一つつけず、道端に転がった。

 これには廉が、キレたみてーで。
「隆也!」
 と叫んで、竜になった。
 稲妻が走り、大雨が降る。
 竜の気迫が空気を凍らせ、大地をビリビリ震わせた。
 バカだな、オレはかすり傷も負ってねーのに。
 けど、廉の怒りと愛を感じて、オレは冥く笑った。


 町中に響く悲鳴。人々は逃げ惑い、兵士達はとうに影も無い。後にはさっきの兄弟が、たった二人だけ残された。
 オレは二人を見下ろして言った。
「おい、選べ。この町を出るか、ここに残るか。城下町でも、他の国でも、好きなとこに連れてってやる。ニシウ・ラーに行って見るか? あそこには身分制度なんかねーぞ」
 兄弟はしばらく考えていたが、兄の方がおそるおそる答えた。
「あの、ではご城下にお連れ下さい」
 オレはうなずき、廉もうなずいた。


 町からやや離れた山の上で、廉は二人を地面に降ろした。やっぱりというか、二人は気絶していた。竜に運ばれて、はるか上空を飛ぶのは、相当怖いものらしい。……秋丸は平気そうだったけど。
 山に置き去りにする訳にもいかないので、オレが兄、廉が弟の方を背負って、町の近くまで連れて行った。町に入る少し手前の大木の根元に、横たえておく。
 兄の懐には、そっと財布を忍ばせた。勿論、オレのじゃなくて、さっきのムカツク兵士のだ。オレに切りかかってくれたお礼として、頂戴しておいた。
 
 機会があれば、聞いてみたかった。
 なんで城下町を選んだのか。
 ニシウ・ラーじゃなくて、なんでこっちの国に残ることを……選んだのか、聞きたかった。
 

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あきゅろす。
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