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小説 2
6 国境
 次に行ったのは、国境近くの町だった。大河の恵みから少し外れた、まだまだ開墾途中の町。
 トーダ・キタは灌漑農業が発達してて、水を上手に使ってる国だけど、さすがにこんな遠くまでは水路も伸ばせなかったらしい。
 一応、ため池らしきものはあるし、そこから水路も伸びてるけど……大河の周辺と比べると、やっぱちょっとお粗末だな。

 城下町と違って人の目は少ねーけど、その分人ゴミもねーから、やっぱ目立つのは避けてぇ。
 オレと廉はため池の近くに、飛び降りた。
「うお、隆也、これ……」
 廉がオレの服のすそを引いた。言いたいことはすぐ判った。
 ため池が濁ってる。雨が降らねぇ? ってことはないよな、雑草だらけだし。じゃあ、手入れがされてねぇ? 使われてねーのかな。
 廉が気にするので、ため池の水をキレイにしてやることにした。二人並んで縁に立ち、水面に手を掲げる。
 澄んだ水を思う。健やかに育つ農作物を。
 ため池も、水路も、人が造った物だけど。やっぱそこにも、自然の理は生きてんだ。

 よどんだ水がすっかりきれいになった頃、背後から声を掛けられた。
「何してる!」
 人の気配には気付いていたから、驚きゃしなかったけど、次に言われた事には驚いた。
「将軍様のお池に、勝手に近付くんじゃない!」
 はあ? と思ったけど、バカは相手にしたくねーから、「すんません」と謝って、さっさと立ち去る事にする。

 ムカツキながら見回してみれば、周りの畑も雑草だらけで、耕されてる形跡がねぇ。そのくせ池は独占気分か? 何のための水路だっつの。
 町までの道は農地に囲まれてたけど、やっぱどの畑も、ちゃんと手入れがされてなかった。何か、もったいねーよな。せっかく農地が余ってんなら、何か有効に使えばいいのに。


 国境のすぐ近くだけあって、結構大きな町だった。店も多いけど、宿屋が多い。食堂の上に部屋があるような、小さな宿があちこちにある。
 ニシウ・ラーにも宿は多かったけど、もうちょっと小ぎれいっつーか、上品だったような気がする。少なくとも、昼間っから酒飲んで、くだを巻いてるようなダセェ奴は見なかった。
 しかも、酔ってんのは兵士ばっかじゃねーか。国境警備はどーしたよ? 戦争だって近ぇーかも知んねーのに、のん気なもんだな。

 酔っ払い以外では、やっぱ旅行者が多いんかな。子供が少ねー気がするけど、今の時間だと学校だろーな。誰かに色々聞いてみてーけど、泊まるつもりもねーのに宿の食堂には入りにくい。
 オレと廉は、結局誰とも話しねーまま、町を通り抜けちまった。
「どうすっか。もうちょっと向こうまで行って、今日は帰るか?」
「う、ん。オレ、隆也と散歩、したい」
 はにかんで笑われて、こっちも笑顔になる。よし、今日は帰ろう。もうちょっと散歩して、帰って、愛し合おう。
 オレは廉の肩を優しく抱いて、頭と頭を軽くぶつけた。廉がそれにくすくす笑った。


 けど、そんな気分も、町の外を見るまでだった。
 ため池側の畑は荒れ放題だったのに、反対側のこっちの畑は、熱心に耕されている。けど、こっちには水路がねーから、水が足りてなくて元気がねぇ。
「なんで水路のある畑を使わねーんだ?」
 近くで作業してた子供に聞いた。子供はオレの顔見て逃げてった。
 何だよ、くそ。
 舌打ちして見回せば、作業してんのは子供ばっかだ。学校行ってんじゃなかったのかよ。

 そう考えて、ふと思い出す。
 学校って……あんのかな? ここは修学権のあるニシウ・ラーじゃねぇ。

 一人の子供と目が合った。12歳くらい? 背は高いけど、顔は幼い。それに痩せてる。
「なあ、こっちには水路がねぇじゃん。水はどうしてんの?」
 そいつはオレをジロジロ見ながら、道端においてあるバケツの山を指差した。バケツ……って、まさか、バケツで水を運んでんのか? 嘘だろ? どこから?
 そりゃーまた効率の悪い作業だよな。
 どういう理由があんのか、「将軍様のお池」の水が使えねーんなら、こっちに井戸でも掘るしかねーのかな。目を閉じて大地を探れば……水の気配はちゃんとある。

「井戸を掘っちまえよ。この辺なら、水も出るぜ」
 さっきの奴にそう言うと、ふっと鼻で笑われた。ムカツク。なんだよ、せっかく教えてやってんのに。
 すると、馬の足音と共に、叫び声が聞こえてきた。
 さっきまでのんびり作業してた子供達が、急にキビキビ動き出す。みんな、恐怖に青ざめてる。
 何事だ? ちょっと緊張して、近付く奴をじっと見てると、馬がみるみるスピードを落とし、オレ達の前で突然止まった。背にいた男を投げ出し、オレ達に深く礼をする。
 廉が少し笑って、馬に手を掲げて礼を返した。

 笑っちゃ悪ぃけど、馬に投げ出された男を見て、つい笑っちまった。子供達もくすくす笑ってる。すると男は立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「てめぇー! ふざけんな!」
 男はいきなり刀を抜き、オレ達に切り掛かって来た! 危ねぇ! とっさに風を起こし、男を吹き飛ばす。風は渦を描いて周りに広がり、痩せた穀物をざわざわ揺らした。
 よく見れば、その男は兵士だった。町で酔っ払ってた連中と、揃いの簡素な胸当てをしてる。けど、予備知識がねーから、それが国の正規兵なんか、どっかの私兵なんかは分からねー。


 オレ達の起こした風がやむと、辺りはしんと静まり返った。
 男も子供達も、身動き一つしねーでオレ達を見てた。気配はもう隠しようがねぇらしい。きっとみんな、本能で感じてる……異質で強大な力の存在を。

「邪魔したな」
 オレは子供達に言って、笑って見せた。子供達は笑わなかった。
 背を向けて歩き出すと、兵士が叫んだ。

「ば、バケモノ!」

 振り向いて睨みつける。
 オレの怒りを感じたように、雷を携えて、黒雲がわいた。



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あきゅろす。
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