小説 2
4 市場
問題は、服だった。
オレと廉に与えられてんのは、正装用じゃなくてもやっぱり長衣。オレの庶民としての感覚では、とてもそんなもの着て、町なんか歩けねー。どうするか、っつたら、やっぱどっかから調達してくるしかねーだろう。
店頭から頂戴すんのもいいけど、まずそこに行くまでに目立っちゃしょうがねーし。だったら、洗濯物か何かを貰ってくるか……。
結局、白無地の長衣のすそを、膝くらいに切ってみた。生地が真っ白いのは仕方ねーが、何かどっかの使いっ走りみてーに見えなくもねぇ。
「おし、行くか」
オレは廉と連れ立って、部屋の窓を片方開けた。まず廉が、次にオレが飛び降りる。竜身になった廉が、オレを背中で受け止める。そして飛翔。
ふわり、と体が宙に浮く。次いで風を受ける。大河の国の空気は、ニシウ・ラーの喧騒ともビジョーの乾燥とも無縁で、どこか水の気配がして優しい。
まずは城下町が見たくて、オレ達は人気のなさそうな路地裏に、かなり上空から飛び降りた。
トン、と着地して踏みしめる地面。石畳なんか敷かれてねぇ、固い大地だ。人気のねぇ場所にいると逆に目立つから、さっさと人ゴミに紛れにいく。
国が違えば、市場の様子もだいぶ違うみてーだな。露天で売ってる物も、魚や果物なんか、名前も知らねーようなのが多い。スゲー珍しい。キョロキョロしないようにだけは気をつけて、あくまで商品をひやかして歩く、買い物客のフリをする。
けど、ある店の前で、思わず立ち止まっちまった。そこは大小、いろんな絵が置いてある店で、店頭に大きな絵が飾られてた。
青空の中、白い竜に乗って空を飛ぶ、黒髪の少年。
けど、これをオレ達とは認めたくねー。だって顔が! 竜である廉の顔も、それに乗るオレの顔も、スッゲー凶悪な表情だったんだ。しかも、角まで生えてんぞ。
「何だ、コレ?」
思わず呟いたのを、耳ざとく聞きつけて、店主がにこやかに説明する。
「竜王子だよ。知ってるだろ? この間、城に乗り込んで来て、国王陛下を小馬鹿にしたっていうじゃないか」
「こ、小馬鹿?」
確かに親父は馬鹿だが、面と向かって馬鹿にはしてねーだろ?
「何でこんな、凶悪なツラなんだ?」
「そんな面構えだったんだってよ」
がはは、と笑って、店主は言った。
「まあ、何を企んでるのか分からんが、敵か味方かって噂で持ちきりだ。売れてるよ」
何を企んで……って。
敵か味方か?
なんだ、それ。
呆然としながら、また歩き出す。
何を企んで。そんな風に見えんのかな。
「オレは、廉がいれば何もいらねーのにな」
隣を歩く廉を見れば、やっぱりちょっとはショックだったらしい。
「うお、オレ、あんな顔?」
とか呟いてる。はは、こいつに「凶悪」は似合わねーよな。
城で信用されてねーのは、突然現れたからだと思ってたけど、違ったんかな。もしかして、何を狙ってんのか、目的がはっきりしねーから?
金とか、地位とか、権力とか、自由とか。そんな明確なものを口に出して欲しがった方が、正体が分かっていーんかな?
けど、金は生活できる分でいい。
地位も権力も、そりゃ大統領は目指してーけど、廉がいればなれるって訳じゃねーだろ?
元から自由だし。
今、オレが欲しいのは、何だ?
しばらく市場を歩いてた時、トン、と何かが軽くぶつかった。勿論、すぐに判る。スリだ。
オレは素早く右手を伸ばし、すられた財布をすり返す。2年もやってきたんだぜ、そうそうやられるかっつーの。
まだ小さいガキだった。6,7歳? 学校入るか入らねーかくらいの年。ガキにしちゃ、まあ腕はいいんじゃねぇ? 相手が悪かっただけでさ。
「同業のよしみで見逃してやるよ」
囁いてにやっと笑って見せると、ガキは青ざめて逃げてった。
何だよ、オレってそんな凶悪な顔か?
しばらくトラウマになりそうだった。
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