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小説 2
2 劇薬
「竜の血だなどと汚らわしい!」
 誰かが叫んだ。
「絶対にイヤです!」
「そんなの大丈夫なのか」
「いや、試してみよう」
「そもそも、どこの馬の骨か」
「本当に竜なのかも怪しかろう」
「誰かに試させろ」
「汚らわしい」

 親父以外の親族が、次々勝手な意見を言う。肝心の親父はというと、黙って廉の顔を見てる。廉はそれに気付かず、心配そうに元希を見てた。

「竜血は本草にも記される、由緒正しき秘薬です」
「劇薬ではないのか」
「怪しいだろう」
「飲ませてみよう」
「このまま死なせるより良かろう」
「まず試せ」
「汚らわしい」
「気持ちの悪い」
「試すべきだ」
「誰が責任をとるのか」

 口々に言い争いをする連中を、「うるさい!」と一喝したのは、なんと直姫だった。
 直姫は、大きな黒い目を釣り上がらせて、オレと廉にズンズン近付き、元希を指差して命じた。
「早くやれ!」
 蹴られるかと思った。すげー迫力。すげー怖い。

「責任ならわたくしが取る。元希が死んだら、わたくしも死ぬ! これ以上の議論は不要だ!」

 直姫の啖呵を聞きながら、元希って愛されてんだなぁ、と嬉しく思った。ツンデレなのは判ってたけどさ、普段は蹴ったり殴ったり、ヒデー扱いなのに、命かけるとか。スゴイよな。
「オレ、元希、助けたい」
 廉が小さな声で言った。
「卵の時、優しかったの、覚えてる、よ」
「ああ、そうな」
 虫の息の兄を見下ろす。たった三日で、恐ろしくやつれた。目が落ち窪んで、人相も変わってる。
 唇は色を失ってガサガサで、力なく薄く開いてる。オレは、廉の左手の親指の付け根を強く噛み、滴らせた血をそこに垂らした。ぺろりと舌なめずりする。オレにとって、廉の血は甘い。けど、多分他の人間には劇薬だろう。

 頼む、効いてくれ。

 やがてすぐに、元希の身体がビクンと跳ねた。カッと目を見開き、喉を仰け反らせてかきむしる。口からは白い泡を吐き、大きな身体を暴れさせる。
「元希!」
 直姫がオレを押しのけ、喉を掻く左手を、ぎゅうと握り締めた。
 白目を剥き、全身をビリビリ痙攣させる様子を見て、その場にいる全員が凍りついた。
「元希!」
 直姫がもう一度呼んだとき、元希がまたビクンと跳ね、そしてぱちぱちと、瞬きをした。頬にゆっくり赤みが差し、唇の色も戻ってる。
 おお、と感嘆の声が漏れる。
 元希は小さく笑みを浮かべ、声なき声で言った。
「直……」
 そしてまた意識を失った。けど、呼吸がすっかり安定してんのは、誰が見ても明らかだった。
 持ち直した。


「良かったな」
 廉に囁いた。廉もうなずいた。
 オレは廉の傷ついた左手に口接けた。甘い血を舌に絡め、癒すように舐める。廉が気持ちよさに目を細め、ふう、と息を漏らす。傷口が次第に塞がっていくのを見て、舐めながら笑っちまう。回復力、スゲーな。
 その様子を見てたんだろう、誰かがまた言った。
「汚らわしい!」
 見下したような言い方なのに、なんか嬉しくて、オレは更に見せ付けるように、舌なめずりした。



 親父がようやく口を開いた。
「助かった。礼を言う」
「あー。礼ならオレの竜に言え」
 親父はちょっと黙って、廉に言った。
「感謝する」
 廉はにこりと微笑んだ。

 部屋に戻れ、と親父が言いたいのは言われなくても判った。オレは直姫だけに、挨拶をした。
 直姫はオレと廉に抱きつき、頬にキスをくれた。ちょっと照れて、二人とも赤くなる。
「兄上に殺されます」
 オレが言うと直姫は、いつもの調子で言った。
「案ずるな。その前にわたくしが奴を倒す」
 そして、笑った。

 親父の礼よりも、姫の笑顔の方が嬉しかった。



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