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小説 2
8 親子
 中庭に元希と直姫を降ろし、兵二人を降ろしてから、廉は人の姿になった。そっとオレに寄り添い、運ばれていく元希を見届ける。
 孵化して背が伸びた。オレよりちょっと低いくらい。着ていた子供の服は引きちぎれて、上半身は裸のままだ。
 白く細い背中には、竜の文様が黒く浮かんでいる。頭を中心に、反時計回りに渦を巻く竜。今までになかったものだ。オレの背中にも、今、同じような文様があるんじゃねーか? 廉の孵化の瞬間、背中から体の中に、何かが突き抜けてくの感じたもんな。あれから背中がじんわり熱いけど、悪い気はしねー。

 元希と直姫が運ばれてから、気絶してた二人の兵士が目を覚ました。一瞬で、ここがどこか悟ったらしい。オレ達に膝を突き、礼を言った。
「この城で良かったんか?」
「はい、黒晶五星殿下。ここがトーダ・キタの王城でございます」
 兵の言葉に「ふーん」と納得して、オレは皮肉っぽく唇を歪めた。
「その割にゃ、随分な歓迎の仕方だけどな」
 オレ達にはまだ、矢と槍が向けられていた。最初の攻撃は、まあ名乗らずに近付いたオレ達にも非はあったから、いいんだけどさ。名乗った後でコレって、酷くねーか?
 護衛兵も気付いたようで、二人して血相を変えた。
「弓を下ろせ! この方は第五王子、黒晶五星殿下だぞ!」
「申し訳ございません、殿下。何かの行き違いに違いありません」
 オレは別に謝って欲しかったわけじゃねーし。両手を振って、ちょっと笑った。

「あー、別にいーよ、もう。出てけっつーなら行ったっていーんだ。けど、元希が心配だからさ。ヒデー顔色だったしな。国に帰るにしても、無事を確認してから帰りてーっつーか」
「そんな、帰るなどと……」
 護衛兵が言ったのと、大きな太い声が聞こえたのと、ほぼ同時だった。

「お前の国は、ここだろーが!」


 声のした方を振り向くと、太った中年の男が立っていた。話してた護衛兵が、そっちに向き直ってかしこまる。後ろにさっきの派手な服の奴ら、数人を引き連れて、そいつは大股で近付いてきた。

 うわ、と思った。釣り上がった眉、垂れた目。元希が「そっくりだ」と笑ったのもうなずける。ホントそっくりだ。
 オレにそっくりな男は、唇の端をにやっと歪めて、オレに言った。
「なんだ、その垂れ目」
 ムカッとした。
「てめーのせいだろーが、くそ親父! それが初対面の息子に言うことか!?」
「初対面じゃねーぞー」
 親父は小指で耳をほじりながら、「15年前に会ってる」と言った。そりゃ、ほぼ初対面じゃねーか! 記憶にねーハズだ。15年も放って置かれた母さんが、今更ながらスゲー不憫だ。
「じゃー、15年ぶりに母に会いに行け。墓の前で伏して詫びろ」
 オレが冷たく言うと、さすがに親父も黙った。
「……いつ、死んだ?」
「二年前。あんたのことは、何にも告げずに逝った。オレは元希から知らされるまで、王子だってことも知らなかった。今でも、別に自分が王子だとか思っちゃいねーし、歓迎されなくても構わねー。田舎王子よりゃーラーゼでいてぇしな」
 オレは言いながら、ぐるっと周りを見回した。矢も槍もまだ、オレ達を狙っている。オレはため息をついて、廉の肩を抱き寄せた。すると廉は寂しそうに笑い、オレの頭をそっと撫でた。
 かなわねーな、と苦笑する。強がってるのもバレバレなんだ、コイツには。


 やがて親父が片手を上げた。それを合図に、矢と槍が下ろされる。
 親父はくるっと背を向けた。ゆっくり歩きながらオレに言う。
「中に入れ、部屋を用意させる。その……従者と、同じ部屋でいいのか?」

「従者じゃない。こいつは、オレの王。祥洋王だ」

 親父の足が、ピタッと止まる。けど、結局何も言わないまま、城の中へ入って行った。親父の後ろに従っていた男達も、オレに次々と会釈をして、城の中へ去った。
「殿下、どうぞ中へ」
 元希の護衛兵に促され、ちょっとためらったけど、オレは親父の後を追った。護衛兵二人が、気を利かせて付いて来てくれたのが、ありがたかった。



 城の壁には、たくさんの布や絵が飾られていた。装飾の感じは、母さんが生きてた頃のうちの様子と、スゲー似ていた。意識して真似してたんかもな。
「母さんはここに来たことあんのか?」
 前を行く親父に問う。
「いや……来てない。何でだ?」
 オレが訳を話すと、親父は一瞬振り返って、「そうか」と言った。そしてまた黙った。

 与えられた部屋は、最上階から一つ下の、南の角部屋だった。ガランと広い部屋に、天蓋ベッドとテーブルとイスだけが置いてある。ニシウ・ラーの自分の部屋と印象が同じで、ちょっと笑った。違うのは、ちゃんと隅々まで手入れされてるってくらいか。


「ちょっと二人に」
 親父が人払いをして、部屋に二人きりになった。
 しんみりした話をしたかったのかも知んねーが、オレはそういう気分じゃなくて、まず訊いた。
「元希は?」

 親父はベッドにどっかりと座った。その座り方が元希と一緒で、やっぱあっちも親子なんだな、と思った。
 親父は疲れたように、顔を両手でこすり、首を振った。
「今は医者が掛かりっきりだ。あれの母親も、まだ顔を見とらん。もう少し止血が遅かったら、ヤバかったらしい……」
「指輪、預かったままなんだけど」
 右手にはめたままの、金の指輪を親父に見せる。
「大事なモンだから、預かっとけ。そりゃー、お前を自分の代理にするって意味だからな。成人式終わったら、お前にも同じ指輪を用意する」
「成人式どころじゃねーだろ?」
 元希のこともあるし、ビジョーのこともある。それに大砲。もう血が流れるのは、見たくねーけど。
「ああ、そうだな」
 親父は同意して、立ち上がった。
「悪いがゴタゴタしてるから、あまり出歩くな。食事も湯も、部屋に用意させる。それと、後で仕立て屋を来させよう。お前と……お前の王にも、トーダ・キタの服を着せないとな」

 廉にも、竜にもここの服を。スゲー意味深な笑みを浮かべて、親父は立ち去った。

「御用があれば、我々にお申しつけ下さい」
 廊下に槍を持った兵が二人、見張りのように立って言った。
 オレ達を守ってんのか、見張ってんのか、よく分からねー。
 けど、別に歓迎も期待してねーし。わずらわしい挨拶とかにうんざりさせられるよりは、廉と二人きりの方が落ち着く。
「廉」
 オレはベッドに腰掛け、廉を呼んだ。

 今はとにかく安らぎたかった。廉の側で。

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