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小説 2
7 攻撃
「恐れながら、紅水姫様。ムサシ・ノウに殿下をお連れすることはできません」

 いざ出発、という時になって、兵士達がそう言った。直姫の前に片ひざ立て、地面に右こぶしを当てて頭を下げる。生き残った二人の兵士は、元希の部下で、トーダ・キタの護衛兵だった。彼らの言い分はこうだった。
「陽光次将殿下は、重傷を負っておられます。同盟国とはいえ、他国にお身柄をお預けするわけにはいきません」
 確かにそうかもな、と思った。いくら直姫にぞっこんの元希でも、婚約者の家よりゃー自分の家の方が落ち着くだろう。気ぃ遣わなくていい分、治療に遠慮しなくていいしな。
 直姫は気分を害したようだったが、元希にするように、「生意気だ」とか殴りかかったりもしねーで、不承不承同意した。

 そのうち、気を失ってた元希が、うなり声を上げた。顔色がスゲー悪い。
「急いだ方がよくねーか?」
 オレはみんなを促した。と、元希が何か喋ってる。うわ言か? 直姫が口元に耳を寄せた。
「右手、と言っている」
 切り落とされた右手。まだしっかりと剣を握ったままだ。その中指には、紋章つきの金の指輪がはまってる。
 その指輪を兵に外させ、元希はそれを「隆也に」と言った。オレは意味が判らなかったが、とにかくゴチャゴチャして伸ばしたくなかったから、「預かるぜ」と言い聞かせた。元希は薄く笑って、また気絶した。
 なんか顔色、マジヤベー。
「急ぐぞ!」
 オレは廉に言った。

 廉は、白く美しい竜の姿になっていた。まだ若いせいか、そうでかくねー。けど、片手で人を二人ずつ掴むくらいはできそうだった。元希と直姫、そして二人の兵をやさしく掴み、廉はひらっと飛び立った。でも実際はゴウッと風がうなったのを、廉の背中でオレは感じた。

 金のたてがみが陽光に輝く。細く若々しい身体が空を行く。生まれて初めての飛行。
 嬉しいよな。オレも嬉しい。
 廉の高揚がオレに伝わり、不安を吹き飛ばしていく。大丈夫、元希は助かる。直感でそう思う。そう信じられる。そんな気がした。



 馬で行けば何週間か掛かったハズの行程を、オレ達は一瞬で駆けた。やがて雲の下に、黒々とした大河が見えてくる。その中流にでかい街、そして山を背に、でかい城が建っていた。
「あれでいいのか?」
 兵に聞いたが、応えはねぇ。気絶しちまったみてーだ。よく見えねーけど、多分直姫も。
 ちょっとためらったが、元希が心配だ。城の広い中庭に降りる事にした。廉には言葉に出さなくても通じる。ゆっくりと高度を下げ、オレ達は城の上に出た。
 途端に、悲鳴が聞こえた。
 下で何か、パニックになってる。
 人々が逃げ惑い、あるいは集まって、みんなこっちに注目してる。

 やべー。そうだよな。
 突然竜が上空に現れたら、そりゃパニックになるだろう。ニシウ・ラーで同じことやったら、パニックどころか、暴動だって起きかねねー。これからは姿を消すとか、考えなきゃダメだな。

 そんな事を考えていた時。
 ヒュ、ヒュ、と小さなものが飛んで来た。矢だ!
「危ねー!」
 風を起こす。矢を吹き飛ばす。次に火矢が飛んで来る。これも風に散らす。そしたら、次はでかい石が!
 投石器が幾つも現れて、オレ達を攻撃して来た。
 こんな石、別に当たったってダメージねぇ。けど、それはオレと廉の話であって、元希達は別だろう。
「やめろ!」
 オレは叫んだ。自分でも判った、声が大空に轟いた事。オレの声は廉の声。オレの力は廉の力だ。なら、オレの怒りが廉の怒りになっちまう。オレは感情をなるたけ抑え、「一旦攻撃を止めてくれ」と言った。

 そして、その中庭に飛び降りた。



 できると分かっていた。廉が分かっていたから。
 はるか上空の、竜の背から降り立ったオレを、たくさんの弓矢と槍が遠巻きに囲んだ。足に軽い衝撃があっただけで、オレは難なく真っ直ぐに立つ。
 こんな人間、怪しいだろうな。オレだって自分でそう思う。けど、こう言うしかねー。
「怪しい者じゃない」
 オレは両足を肩幅に開き、両手を後ろに組んで背筋を伸ばした。
「オレはトーダ・キタ第五王子、黒晶五星・阿部・隆也だ。兄、元希が重傷を負った。今、運んで来てる。手当の用意をしてくれ」

 兵士たちは無言だ。顔を見合わせもしねー。

「元希が重傷だ! 右腕を切られた! ムサシ・ノウの直姫も一緒だ! お前らで判断できねーなら、上の人間を呼んで来い!」

 ついカッとして叫んだ。こんなとこで手間取るなんて、想定外だった。元希のヤベー顔色を思い出す。
 兵士が、「上の人間」らしき男を連れて来た。大臣か何かか? 派手な色の長衣を着てる。オレはそいつに、元希から預かった指輪を見せた。まさか、こうなるのを予測してたって事はねぇよな。
「兄が重態だ。顔色も悪い。オレの竜が運んで来てる。ここに降ろしていいか?」
 オレの言葉より、元希の指輪にうなずいて、その男は言った。

「殿下をここへ」


「あー」
 オレは廉を振り仰いだ。廉がゆっくり降りて来た。

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