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小説 2
5 名前 (流血・R15)
 ※流血表現がございます。元希さんが、重傷を負います。耐えられない方は、お戻り下さい。


 護衛兵が素早くオレ達の前に出る。けど、数が足んねー。こっちの兵は20人ばかりで、あっという間に囲まれる。
「どういうつもりだ?」
 元希が大声で尋ねた。背中にビリビリ響くような声だ。対するビジョー側は、やたら落ち着いた声で尋ね返す。
「そちらこそ、こんな時間にどうされました?」
 倉田という青年のほかに、同じ赤褐色の衣装の男が数人いる。やっぱ親族かもな。けど一人、ラーゼの詰襟みたいな服を着てる奴がいる。
 その顔には、どこか覚えがあった。

 元希が強い口調で言った。
「ニシウ・ラーに急用だ。道を開けろ」
「この先は通行止めです。まあ一旦、屋敷へお戻り下さい。なに、数日ですみますよ」
 問答無用だ。元希の言った通り、もう話が通じねー。非常にやばいって、オレでも判る。
「何が目的だ?」
 元希の問いに、ビジョーの男が言った。

「平和的実力行使です」

 それは、無血開城みてーな意味だろうか。あれだけの大砲があるなら、それも可能なんだろうか。
「あんな数の大砲が平和か! あれをどう使うつもりだ!」
「おや、見たんですか? どうです、素晴らしいでしょう?」
 自慢げに応えたのは、さっきの詰襟の男だった。特徴のある野心家めいた顔。見覚えのあるハズだ、ついこの間失脚するまで、うちのトップにいた男だ。
 ロカ前大統領。

「大統領、あんたがやった汚職って、火器の密輸か!」
 オレは思わず叫んでいた。
「大砲も、火薬も、それを作る技術も、ラーゼの誇りで宝のハズだ! なんで国のトップが裏切んだよ!」
 ロカ氏は答えなかった。ただ口の端を歪めて笑った。その穢れた胸には誇らしげに、大統領勲章が飾られてる。
 ふざけんな。

「だったらこっちも実力行使だ」
 元希が小さな声で呟く。直姫が元希を見て、こくりとうなずいた。何か目配せしたんだろうか。と、思う間も無く、馬が反転した。
 ビジョーの囲みを、護衛兵が切り開く。その一瞬の隙を突いて、馬が駆け抜ける。腹を蹴り、スピードを上げて、元来た道を戻るべく……。


 ヒヒヒィーン。
「きゃあっ!」
 馬のいななきと共に、悲鳴が上がった。
 振り向けば、レンが! 姫が! 地に倒れてる。側で馬がもがいてる。その上に、大きな投網がかぶされた。
「姫!」
 元希は手綱を強く引き、馬の足を停めさせる。首をめぐらせ、向きを変える。そのわずかな間に、レンと姫に剣が、槍が、突きつけられた。
「レン!」
 オレは元希の腕を擦り抜け、馬から降りた。勢い余って膝を突く。そのすぐ脇を、馬が駆ける。
 護衛兵が剣を抜いた。ビジョーの兵がそれに続いた。無茶だ、数が違うのに! オレは思ったが口にも出せず、必死で立ち上がり、レンの方に向かった。
 レンは網の下で身を起こし、オレを見つめて、確かに見つめて、言った。

「ナ」

 朝日の中、血しぶきが舞う。
 キン、キン。剣の交わる音。馬の恐れいななく声。「殺せ!」と敵の叫ぶ声。
 直姫に槍を突き付けていた兵の首を、元希の長剣が刎ねた。いつか見た光刃が、朱に濡れて閃く。

 オレは全てを眺めながら、聞きながら、老教師の言葉を思い出していた。
 城を築くか、しかばねを築くかと。
 目の前にしかばねが積まれる。血の川が作られる。敵も味方も。同じ人間で、同じ血の色で。
 ラーゼには馴染みのない情景で。絵空事しかなくて。
 橋を築きたいと、心から思った。ニシウ・ラーと、トーダ・キタと、ムサシ・ノウの……三つの国に架ける橋を。


「イヤーっ!」
 直姫が絶叫した。その側に立つ元希の右肘には先がなく、剣を握ったまま、足元に落ちていた。
「元希ぃー!」
 駆け寄ろうとする直姫を、ビジョーの兵が引き離す。元希は血を吹き出させながら、右手ごと剣を拾い、よろめきもせずに立っている。血に濡れた顔で。
 オレは。
 いつの間にか座り込んでいたのに気付き、震える足を踏みしめて、走って、ロカ氏に掴みかかった。
「このヤローッ!」

 チャンスは一瞬だ。右手に全神経込めろ。
 
 オレの左手が奴の襟首を掴むのと、ビジョー兵がオレを蹴り倒すのと、ほとんど同時だった。
「ぐあっ」
 地面に倒れ込む。受身も取れねーで転がる。震える右手を握り締める。
 オレの背中を踏みつけ、ロカ氏が言った。
「こんなガキに竜卵は荷が重かろう。殺せ」
 ビジョー兵が剣を構える、その影が目の端に見えた。
 そんなオレを見つめて、レンが言った。再び。
「ナ」
 ナ。名をよこせ、と。


 ずっと考えていた。レンにふさわしい名前。
 三つの国に橋を架ける者。穢れなき者。姿の良い、オレの海の王。


「祥洋王・三橋・廉」

  

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