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小説 2
2 旅路
 衝撃的な黒い土地から、馬を進め続けて半日。なだらかな丘と草原の広がる場所で、初日のテントを張ることになった。
 オレはもちろん、本物のテントなんか見るのは初めてで、出来上がる様子を馬鹿みてーに眺めてた。

 元希側と直姫側とで、合わせて数十人くらいの中規模の隊だったが、全員分の数のテントがある訳じゃねー。オレ達王族・貴族は一人に一つだったが、護衛兵なんかはでっかいテントに、ぎゅうぎゅう詰めで寝るらしい。
 与えられたテントは小さかったし、ベッドじゃねー場所で寝るなんて初めてだったが、文句なんか言いようが無かった。
 オレは母さんが死んでから、今までスゲー苦労してきたような気分でいた。でも結局恵まれてたんだなと判る。ベッド以外の場所で寝たことねーなんてな。

 けど、いつものようにレンを抱いて眠り、海の夢を見たオレには、体の痛みなんかまるで残っていなかった。



 ビジョーは砂漠とオアシスの国、と呼ばれてる。……っていうか、学校でそう習った。ちなみにムサシ・ノウは草原の国、トーダ・キタは大河の国らしい。
 そういう先入観があったから、国境を越えたらすぐに、広い砂漠が広がってんのかと思ってた。でも今、目の前にあるのは、どこまでも広い放牧地。なだらかな丘、緑豊かな草原に、結構たくさんの家畜が放されてるのが、遠目でも判った。
 もちろん、ニシウ・ラーの首都に住んでたオレは、牛もヤギも羊も見た事がねぇ。郊外のもっと奥に行きゃあ、乳牛くらいは見れたのかも知んねーけどな。昔、母さんがいた頃に、食用か卵用かで鶏飼ってたのがせいぜいだ。
 珍しくてジロジロ見てたのに気付いたんだろう、俺の後ろで馬を操る元希が言った。

「隆也。お前、コレ見てどー思う?」

「どーもこーも、珍しーっつか、見慣れねー景色に感動っつーか」
 オレの素直な感想は、元希の求めてたもんじゃなかったらしい。
「アホか」
 ガツン、と頭を叩かれた。
 痛ってーな! こいつのこのすぐ殴る癖は、どうにかならねーもんなのか?
「何だよ、殴んじゃねー!」
「殴んのがイヤなら、首絞めてやんぞ」
 筋肉のついた腕が、オレの首に回される。うわっ、マジ冗談じゃねー。

 そんな元希を、すうっと寄って来た直姫が、さらに殴った。
「えらそうにするな。元希のくせに」
 容赦の無い姫のこぶしに、元希がマジで「がはっ」とか言った。脇腹をやられたらしい。いい気味だが、おっかねー。
 直姫が、馬を併走させながら、オレに言った。
「このバカは放っておいて、わたくしの考えを聞くか?」
 オレは直姫と、そしてその前に大人しく座る、レンを見た。
「はい、お聞かせ下さい」

 直姫はにっこり笑って、教えてくれた。家畜の数が多過ぎること。これでは牧草が、あっという間に食い尽くされるだろうこと。そして新たな新芽が伸び切る前に、また食べ尽くされてしまえばどうなるか、ということ。

 ビジョーという国は、そんな無茶な放牧を繰り返し、国土と共に砂漠も広げて来たということ。

「間も無く、ビジョー連合国の一つ目の都に入る。都といっても、ニシウ・ラーのような賑やかなものではないがな」
「そーだ、そこを出たらいよいよ砂漠だぞ、都会っ子。ゆっくり休んで覚悟決めろ!」
 元希が口を挟んで、直姫に「うるさい!」と怒られてる。オレは二人のやり取りに笑いながら、レンの髪に手を伸ばした。



 夕暮れに到着した都は、何だか乾いた感じの場所だった。決して賑やかじゃねー訳じゃねーけど、建物に華が無い。緑も何か少ねー。街角のあちこちで、風が砂埃を巻き上げて渦を描いてる。
 オレ達が泊まる事になったのは、ここの首長の家だった。護衛兵や使用人合わせて50人程だから、これじゃ確かに宿はムリだ。王族と側近だけが首長の屋敷にお邪魔して、十数人の護衛兵が庭に待機。残りはまとめて、都の囲いの外で野宿することになった。
 聞けば、どこの国や地域でも、似たような扱いではあるらしい。護衛とはいえ、他国の兵士を都の中に入れるのは、嫌われるようだ。

「へー、そんなもんか」
 感心したように呟くと、元希がまた殴ろうとしやがった。今度は避けたけど。
「お前、ニシウ・ラーなんか特に厳しいっつの! 何で知らねーんだよ。オレらが首都に滞在した一週間、護衛兵団はずっと野宿だったんだぞ!」
「あー、それは知らねーで悪かったな」
  オレは適当に返事した。けどそれで、ひとつ思い当たったのは、何で元希の長剣を珍しいと思ったかって事だ。剣なんかダセェって思われてた以前に、そもそも馴染みがねーっつーか。
 剣を背負ってる田舎者、初めて生で見た……とか思ったのは、長剣や短剣を着けた兵士を、あんま見た覚えがねーからなんだ。
 都に入れなかったから。


 武装した兵を都に入れない。それは確かに、いい考えなんだとオレは思った。
 感心が不安に変わったのは、やがて現れた首長の、息子の顔を見てからだった。

「やあ、君か」
 口元だけで笑って、オレに握手を求めてきたのは……数日前に式典で出会った、赤褐色の上着の男だった。

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あきゅろす。
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