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小説 2
1 出発
 学校をしばらく休むことになる、と老教師に告げに行った時、オレは彼に訊いてみた。
「先生、竜とは何ですか?」
 老教師はオレを見て、レンを見て、窓の外を見た。そしてこう答えた。

「ある者は竜を得て、城を築いた。ある者はしかばねを築き、ある者は橋を築いた。君が竜を得て何をしたいのか、築きたいのか。よく学び、よく考えなさい。竜とはその思いを、現実にし得る存在である」



 旅支度を整えるのに、まる一日かかった。だからトーダ・キタへ出発したのは、あの就任式典の翌々日になった。見送りに来たフミキは、「お土産は食べれるものね〜」とゆるく手を振った。
 でも出発の前に、一つ、大きな問題があったんだ。

 オアシスに寄りつつ砂漠を行く、と聞いて、最初は「ふーん」と思ってたオレだったが、馬に乗るとは予想外だった。
「嘘だろ、なんで馬車とか使わねーの?」
「はぁ? 車輪が砂を噛んで大変じゃねーか。馬とかラクダとかで行くのが普通だろ」

 元希に当たり前だと言われて、大いに焦る。もしかして考えてもねーのか? オレが馬に乗れねーとか。

 だって、ニシウ・ラーで、街中で馬に乗ってるやつなんていねーぞ? 馬車ならあるけど、乗馬はねーぞ。習ってもいなけりゃ、どっかで教えてるって話も聞いたことねー。
 まあ、軍隊とか入れば習うのかも知んねーけど、永世中立国を謳ってるニシウ・ラーで、軍隊の需要って護衛任務くらいだし。

「そんな訳で、実はオレは馬に乗れねー!」

 オレの言葉に、元希はすげぇ怒って「早く言えよ」と責められた。
「じゃー誰かがお前らを乗せなきゃいけねーじゃん。オレはレンなら乗せてもいーけど、お前を乗せんのはイヤだ」
「ざけんな! 何でお前にレンを任せなきゃなんねーんだよ」
「お前が馬に乗れりゃー、お前とレンで二人乗りできたんだよ!」
 そう言われてしまうと、反論も出来ねー。けど、馬に乗れねーのはオレの責任じゃねーだろ?

 不毛な兄弟げんかがしばらく続いた後、呆れたように、直姫が言った。
「なら、わたくしと共に乗ればよい」
「はあーっ? 姫が誰と乗るって?」
 元希がスゲー剣幕で直姫に尋ねた。姫は「お前が乗せない方と乗ろう」と答えて、意地悪っぽく笑った。
 それで結局、オレが元希と、直姫がレンと乗ることになったんだ。レンを他人に託すのは、やっぱちょっとイヤだったけど、直姫ならまだ譲歩できる。
 秋丸が一緒に乗ろうかっつってくれたけど、もう元希は意地になってて、断っちまった。別にどっちでもいーけどさ。

 あと、心配だったのは、レンだった。馬に振り落とされたりしねーかって。だってレンは、座ることはできても、何かに掴まる事はできねーんだ。
「心配するな。私が付いている」
 直姫は女にしてはでけーし、レンは十歳くらいとしても細身だから、充分安心だって解ってたけど、でもやっぱ不安は不安だった。

 それが全く杞憂だったって分かったのは、実際に馬を目にしてからだった。
 いよいよ出発って頃になって、オレ達が馬に近付くと、全部の馬が一斉に静まり、頭を垂れたんだ。オレは馬に乗ったこともねー人間だから、よく分かんなかったけど、これは凄いことだったらしい。
 馬には解るんだな、きっと。レンが特別な存在なんだって。その証拠に、オレがレンを抱えて直姫の前に乗せたとき、その馬は、びりびり武者震いしたんだから。

「この上で待て、乗ったまま移動だ。大人しくしろよ、オレは近くにいんだかんな」
 レンの手を掴み、目を覗き込んで、言い聞かせるように命令する。そしてそっと後ずさり、距離を取って、レンが動かないことを確認する。おし、成功だ。
 最後に、元希に手を引っ張られて、俺も元希の前に乗った。結構高ぇ。そして揺れる。ケツが痛ぇ。

 元希の馬は軍馬だったようで、直姫のより一回りでかくて安心感があった。けど、馬じゃなくてその持ち主の方が、苦痛だった。
 オレの両脇から出されて手綱を握る、太い腕。しょっちゅう聞かされるため息。そして何より、頭を掠める鼻息が、もうウザイ事この上ないって感じ。




 けど、国境を越えて間もなく、オレは馬やその主のことなんか、考えられなくなっちまった。

 川が、黒い。
 土が、黒い。雑草がまばらにしか生えてねー。
 何でだ?
 驚きを隠せねーオレに、元希が静かに言った。


「これが、ニシウ・ラーの真の姿だぞ」


 訳ワカンネー。川も土も黒いって、何が原因かっつの。大体、国境線越えてんじゃん。コレはニシウ・ラーじゃなくて、ビジョーの連中のやったことじゃねぇ?
「あー。ビジョーと組んで何かはやったかも知んねーけど、これはお前らラーゼが使い残した工場の排水とか、廃棄した火薬や油や石炭なんかのせいだって言われてんな」
 元希の説明が、しっかり頭に入って来ねー。何で他国民の元希が知ってて、ラーゼのオレが知らねーんだよ? こんなになってたら、所構わず激論を交わすおっさん達がいるもんじゃねーの?

「ニシウ・ラーは国民総庶民の国だって言ったよね。それは結局、みんなが政治に無関心になってるって事なのかもね」
 秋丸が、オレ達の横に並んで言った。背後から、元希も言った。
「情報統制とか、聞いたことねーか? 政府が自分らに都合のいい情報だけ、国民に流すんだよ。都合の悪ぃ情報は隠しちまう。さっきの黒い川みたいな、な」

 呆然として、オレは反論も肯定もできなかった。そんなオレの頭をぐしゃぐしゃ撫でて、元希が軽い口調で言った。

「まー気にすんな。これから変えてきゃいーんだよ。お前達の世代が、お前達の手で、な」



 国を変えるってこと。
 自分の国の悪いとこを、直したいと思うこと。

 それはオレが始めて、政治について真剣に考えた瞬間だったかも知れない。

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