小説 2 5 視線 ビジョウと揉めてるという話を、元希は説明しなかった。 「ここじゃ話せねーよ、なぁ?」 秋丸もそれにうなずいたので、そういうモンかと思う。まあ内緒話ができるような環境じゃねぇか。周りに誰もいないって訳じゃねーし。 特に内緒話がしてーんじゃねーけど、オレはさっきから、人の目が気になって仕方なかった。 多分元希が目立ってるせいだと思うが、ビジョーの奴と話したくらいから、周りの奴らの視線を感じんだ。あからさまに見てんのは少ねーけど、ちらちら見てたりとか、目が合ってすぐ逸らされたりとか。 スリ生活を二年もやると、習慣付いちまうモンなんかな。オレは他人の視線をスゲー気にするし、注目を浴びんのが好きじゃねー。スリってのは、見られてねーコト前提だもんな。 「なあ、さっきから色々見られてんだけど、有名人なのか、あんた?」 嫌味ったらしく言ってやると、元希は「ああん?」と片眉を上げて、それから、にやっと笑った。 「お前ら、目立ってっかんなー」 お前らって……え、オレとレンか? 嘘だろ? 「目立ってんのはあんただろ?」 「何だ、自覚ねーの? お前ら超目立つぞ。お前はキョロキョロ落ち着きねーし、レンは可愛ぃーし」 なーレンー、と元希はレンの頭を撫でる。 「でも冗談抜きでね」 と、秋丸が小声で言った。 「竜卵っぽいレン君が、従順にキミの後をついて回ってる様子は、キミが思ってる以上に目立つものなんだよ」 そうなのか? レンを外に連れて歩いた事がなかったから、気付かなかったな。オレが外に行くのは、学校か仕事かのためで、そのどっちにもレンは、まあ邪魔だったから、「待て」っつって家でチヨらに預けてたもんな。 「まあ、お前単独でも、多分目立ってたけどな」 元希が見下すように言った。なんだ、その上から目線は! 「んな訳ねーじゃん。オレはスリやってたんだぞ。目立たねーのには自信あんぜ」 反論すると、「威張って言うことか」とゲンコツされた。 「庶民に紛れて目立たねー奴は、権力者の中で目立つんだよ! お前は普段の姿勢が悪ぃーんだ。王子サマは、いつも起立姿勢! 何のために素振りさせたと思ってんだよ」 嫌がらせじゃなかったんだ。伝わりにくいと感謝もしにくいな。 「だからお前、背が伸びてねーんじゃねーの?」 元希がまた上から目線で言った。……やっぱ、感謝しなくてもいいよーだな。 そうやって外で立ち話をしてるうちに、会場の準備ができたらしい。ようやく晩餐会が始まる合図の鐘が鳴った。 「さー、これからもっとオモシレーぞ。お前はあんま喋んなよ、判ってっと思うけど」 大統領官邸に向かって歩きながら、元希が言った。ああ、判ってんよ。オレとレンは、元希にくっついていりゃーいい。 竜卵とその主人が、トーダ・キタにいるって事を、周辺諸国に知らしめるために、オレ達は来たんだから。そのための参加で、そのための衣装だ。特にオレが……紫をまとうのは。 [*前へ][次へ#] |