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小説 1−10
鬼子ども・2
 廉を校門まで迎えに来た男は、翌朝同じように、校門まで廉を連れて来た。
 分校の生徒で、そんな風に保護者に送り迎えして貰うような子供は、他にいない。
 もっとずっと小さい頃から、子供は子供同士でつるみ、村中を駆け回るのが普通だった。梓も、悠一郎も、他の児童もみんなそうだ。
 村の外から通って来る子供も、廉ひとりではない。学校のない隣村から、1時間近くかけて歩いて通っている子供もいる。
 廉の家は、もっともっと遠いのかも知れないが、過保護だなぁと梓は思った。
 まだ転入2日めだし、仕方ないとしても、冬にはひとりで通えるようになっているだろうか?

 山の方角から、男に手を引かれて歩いて来た廉は、梓の顔を見ると「あっ」と声を上げた。
「おはよう」
 梓が声をかけてやると、「お、はよう」とつっかえながら挨拶を返す。人馴れしていないのが、よく分かった。
「もう友達ができたのか?」
 廉を連れて来た男が、すっとしゃがんで廉や梓と視線を合わせた。
 熊のような男ではない。銃やナイフなど、何か武器を持っている訳でもない。間近で見ると、端正な顔をしていると分かる。けれど、それでも何となく怖い。
「廉と仲良くしてやってくれ」
 男にそう言われ、頭をふわりと撫でられて、梓はビクリとこわばった。
「じゃーな、廉。いい子で勉強するんだぞ」
 同じように頭を撫でられて、嬉しそうにしている廉が、信じられない。男の言葉に「うんっ」と元気よくうなずく廉を、梓は少し見直した。

 昨日見た通り、廉は足が速かった。
 みんなの中で、ぶっちぎりで足の速い悠一郎にはやや負けるが、それでも早い。
「すっげー! オレについて来られるヤツ、初めて見た!」
 悠一郎はますます喜び、廉の肩に腕を回す。
 廉は最初、目を白黒させていたが、そのような扱いはまんざらでもないらしい。白い顔を赤くして、にへにへと笑っていた。
 放課後は、影鬼をして遊んだ。
 普段から野山を駆け回ってでもいるのだろうか、速いだけではない。急ブレーキも、急なターンも、転ぶことなく駆けて行く。
 悠一郎と梓との3人での影鬼は、梓に不利になりそうだった。
 それでも、きゃあきゃあと声を上げて笑う様子を見ていると、仲良くしてやろうという気になってくる。
 来年1年生になる妹たちとそう変わらないようにも見えるけれど、廉はとても元気だった。

 影鬼に夢中になっているうちに、また例の男が廉を迎えにやって来た。
「あっ、隆也、だっ」
 ぱぁっと顔を輝かせ、男の待つ校門にダッと駆け出していく廉。男は廉を笑顔で迎え、軽々と片腕で抱き上げた。
 親でも兄弟でもない、血のつながりのない男。梓にとっては恐ろしいように感じる相手だが、廉にとっては違うらしい。
 抱き上げられ、男の首元にぎゅっと抱き着く廉を、悠一郎と並んで見送る。
 真新しいランドセルが光って、それが何だか眩しかった。

 
「タンコー村、今は行けなくなってるって、じーちゃんが言ってたぞ」
 悠一郎がそんなことを言い出したのは、廉が分校に来て1月ほど経った頃だった。そろそろ秋の気配が濃くなって、ちらほらと山に紅葉が見え始める、そんな時期。
 廉もすっかり分校の雰囲気に溶け込んで、まだ気おされているような雰囲気はあるものの、始めの頃程にはびくびくとしなくなっていた。
 だから、悠一郎の突然の言葉にも、廉はそう怯えてはいなかった。
「タンコー村って?」
 廉と悠一郎、2人の顔を見比べながら話を聞くと、どうやら廉のうちの近くらしい。
 そういえば、転入してすぐの日にも、同じような話を聞いたかも知れない。
 タンコー村。炭鉱村というのは、古い炭鉱の跡地の側にある、朽ちた廃墟の村らしい。かつては炭鉱に従事する者たちが多く住み、それなりに栄えた村だったという。
 勿論、もう長いこと誰も住んでいないので、道がなくなっていてもおかしくはない。
 おかしくはないが……。

「吊り橋、落ちてんだって」
 そんな物理的な要因だとは思っていなかったので、ビックリした。
「う、うん。吊り橋、悪い人、落としちゃった」
 廉の応えにも、またビックリした。悪い人が吊り橋を落とすとは……どういう意味だろう?
「ええーっ、じゃあお前、どうやって学校来てんだよ? お前んち、タンコー村のもっと奥だろ?」
 悠一郎のもっともな問いに、廉がふと真顔になった。
「う……えと、ぐ、ぐるっと回り道、できる」
「えーっ、回り道? お前、知ってんの?」
 悠一郎が、弾んだ声を上げてまた「すげー」を教室中に振りまいた。
 真顔な廉と見比べれば、悠一郎が無邪気に見える。

 後で気になって母親に訊くと、確かに廉たちの言うとおり、廃村へとまっすぐ続いているハズの道の途中に、大きな吊り橋があったらしい。
 その吊り橋が落とされたのは最近らしいが、向こうにあるのは廃村と廃坑だけだ。橋を架けるまでもないと、放置されているようだった。
「危ないから、近付いちゃダメよ?」
 母親にくぎを刺され、「分かってるよ」と苦笑する。近付くも何も、自分は吊り橋を叩いて叩いて歩く人間なのだから、意味がない。
 そもそも村の外にまで出歩こうとは思っていないので、母親の心配も無意味だと思った。

(続く)

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あきゅろす。
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