[通常モード] [URL送信]

小説 1−10
ロケアナ・6
 コンコンコン、と部屋の引き戸がノックされたのは、朝の6時少し前だった。
 三橋に寝起きドッキリを仕掛けるための、撮影スタッフの来襲だ。勿論、昨日の犬の仕込みと同様、渡された台本に書いてあったから、オレも知ってる。
 知らねぇのは三橋だけで、夜の間にたっぷり疲れさせてやったお陰で、今もぐっすり眠ってた。
『おはようございます』
 カメラはすでに回ってるみてーだ。ADに小声でマイクを突き付けられ、『おはよう』と小声で返す。
『三橋アナは、まだお休みですか?』
『そうですね、ぐっすりです』
 オレの言葉に、ADとカメラマンがホッとしたような顔をした。
 オレにマイクが渡し、『お願いします』って言いながら、オレらの部屋に入って来る。

 昨晩の濃厚なセックスの痕跡は何もねぇ。撮影のことを知ってたから、こっちの準備は完璧だ。
 浴衣を汚さねぇよう三橋にゴム着けさせたんだって、朝のコレがあるからだ。
 最中にはぎ取った浴衣は、終わってくったりしてるうちにキッチリと着せてやった。
「三橋アナ、朝ですよ」
 マイクに言葉を吹き込んで、それから布団に突っ伏した三橋の頭に向ける。
 布団を半分めくっても、肩を揺すっても、寝癖のつきまくった髪を撫でても、三橋が起きる気配はねぇ。
「ぐっすりですね」
 適当なコメントを口にしながら、もっかいマイクを三橋の方へ。
「三橋アナ」
 耳元で、少し声を大きくして呼んでやると、「ん……う……」と可愛いうめき声が聞こえた。

「三橋アナ、朝ですよ。起きないと」
 オレの言葉に、「んー……」って唸りながら、3cmくらい顔を上げる三橋。デカい目は閉じたままで、寝癖だらけで、あどけなくてすげー可愛い。
『起こしちゃってください』
 ADの指示を受け、本格的に三橋を起こす。
「ほら、寝ぼけてないで。朝だぜ」
 3cmくらい上がった顔の、口元にぐいっとマイクを押し付けると――。

 ぺろり。

 三橋が舌を出してそれを舐め、マイクの根元を軽く掴んだ。緩んだ薄い唇の中に、かぷりとマイクの先っぽが食われる。
「ん……う?」
 って。「う?」じゃねーっつの。ナニと勘違いしてんだ。可愛くて笑えるけど、とんだ放送事故で、見てるオレも恥ずかしい。そういやこの間、マイクプレイしてたから、2重の意味で恥ずかしい。
「こら、焼きまんじゅうじゃねーぞ」
 ツッコミを意識して、ベシッと寝ぼけた頭を叩くと、カメラマンとADもつられたように笑い出した。
「んっ、うえっ?」
 マイクを握ったまま、ぼうっと起き上がる三橋。
「三橋アナ、夜あんなに食べたのに、もう腹ペコなんですか?」
 からかうようなADの言葉に、デカい目をぱしぱしと開け閉めして、ようやくカメラに気付いたらしい。
「う、わっ!」
 掴んでたマイクを放り投げ、ぼんっと一気に真っ赤になった。

「三橋アナ、起きましたか? 6時です」
 マイクを拾い上げて訊くと、「はい……」って弱々しい返事を寄越す。眉が思いっきり下がってる。
 カメラに気付いたものの、さすがに平静でいらんねぇらしい。じわじわと羞恥がこみ上げて来たのか、いきなり大声で叫び出した。
「うわあああーっ、もおおおおーっ!」
 頭を抱えて大きく仰け反り、布団の上に倒れ込む。そのままゴロゴロ転がって、しまいには布団の中に、カタツムリみてーに潜っちまった。
 アナウンサーらしくねぇ取り乱しようだけど、すげー可愛い。
 布団の上から抱き締めてやりたくなんのを堪え、「三橋アナ?」ってマイクを向ける。
「い、い、い、い、今、取り込み中、です」
 布団越しのくぐもった声に、ワリーけど笑えた。
 ADもカメラマンも、必死に笑いをこらえてる。カメラは多分ぶれぶれで、修正に手間をかけそうだった。

 明るくなりはじめた朝空の下、個室つきの露天風呂の様子を撮影してから、「お邪魔しました」つってスタッフ2人は去ってった。
「メシは適当に食うから、チェックアウトまで声かけねーでくれる?」
 あくびしながら頼むと、「分かりました」って言われたから、きっと昼までは誰も来ねーだろう。
 残り6時間足らず、まだ2人きりの旅を楽しめる。
 三橋が勘違いしたのは焼きまんじゅうなんかじゃねぇって、あの2人は気付いたかな?
「もうカメラいなくなったぜ」
 小山のようになった布団を上からぽんぽん叩いてやったけど、三橋は唸るだけで返事しねぇ。
「三橋」
 スタッフの目もねぇし、遠慮なく布団ごと抱き締めて、「好きだぜ」って愛を告げる。
 布団越しに体重をかけると「……重い、です」って文句言われた。

 スタッフが明けたカーテンの向こう、露天風呂に出る東向きのガラス戸からは、徐々に明けてく空がキレイに見える。
「ほら、夜明けだぜ」
 せっついても返事はなかったけど、このままじゃせっかくの絶景を見逃しちまって、勿体ねぇ。
「起きろ!」
 強引に布団を引っぺがすと、三橋は「わあっ」って喚いたけど、すぐに朝焼けに気付いたみてーだ。
「う……お……」
 眩しそうに眼を細め、窓の方に向き直る。
 寝癖だらけの柔らかな髪を、朱金に染める眩しい朝日。羞恥も衝撃も一旦忘れ、ぽかんと海からの日の出を眺める三橋は、すげー可愛くてキレイだった。

「露天風呂、入ろうぜ」
 促して立ち上がらせ、潔く浴衣を脱ぎ捨てる。
 ガラス戸を開けて振り向くと、三橋ははじけるように「あっ」とオレを見て、あわあわと帯をほどき始めた。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!