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小説 1−10
ロケアナ・2
 TV局が旅番組の企画を持って来たのは、例のお宅訪問番組のすぐ後だった。
「いきなりで申し訳ないんですが、近場で1泊2日、カメラ連れて小旅行なんてどうでしょう?」
 どうやら2時間スペシャルで、特番扱いになるらしい。
 旅番組なら、リハだとか打ち合わせだとかで、ムダな時間取らされることもねーし、まあいいかと思った。
「三橋アナと一緒なら、考えてもいい」
 そう即答したのは、勿論のことだ。
 あと、ちゃらちゃらしたタレントどもと一緒にっつーのはうんざりすっから、それについてもクギ差しを忘れなかった。
「三橋と2人で、どっか温泉でのんびりしてーな。個室の露天風呂とか」
「なるほど、いいですねぇ」
 スタッフの同意に、「だろ?」とほくそ笑む。
 オレにとっては当然、相部屋での夜がメインだった。

 ビビりながらキリンの餌やりを無事終えた三橋を、「えらい、えらい」と誉めてやる。上目遣いでオレを見て、素直ににへっと笑うのが可愛い。
「じゃあ、次はトラな」
 ニヤッと笑いながらの宣言に、「う、え……」と言葉を詰まらすのも可愛い。
 途端に足を重くさせ、なかなか猛獣コーナーに近寄ろうとしねぇ、往生際の悪さも可愛かった。
「ほら、行くぞ」
 ごねる三橋をひょいっと横抱きにしてやると、途端に真っ赤になって暴れ出す。
「ちょっ! うおっ! か、カメラっ!」
 って。カメラの前ですよ、とか言いてぇんだろうけど、勿論分かった上でのことだ。キスしてぇなっつーのを我慢してんのだって、カメラの前だからに決まってる。
 爆笑するスタッフの声に、助けはねぇって悟ったんだろう。抵抗をやめつつ、むうっとふくれてんのも可愛くて、生意気だ。

「ほら、食われて来い」
 トラの餌やり場の前で下ろしてやると、カメラが回ってるっつーのに三橋がキョドった。
「く、く、く、食われません、から……」
 ドモリながら言い返さなくても、安全なのは分かってるっつの。
 先に体験をすませたらしい、親子連れの女児から「怖くないよ?」とか無邪気に言われてて、情けなさが微笑ましい。
 腰が引けつつも無事餌やりを済ませ、ホッとしたところに、仕込みの小型犬登場で――。
 ワン! リードを着けた犬に吠えかけられ、1メートルくらい飛び上がったのも微笑ましかった。

「い、い、い、い、犬っ、わあああっ」
 小型犬にまといつかれ、絶叫してる様子がすげー可愛い。とっさにオレに抱き着いて、ぎゅうぎゅうしがみつくのも可愛い。
 勿論仕込みだから、助けも静止も何もねぇ。
 スタッフと笑みを交わし合い、しがみつく三橋の背中を撫でる。
「落ち着けって。可愛いじゃん、触ってみろ」
 マイク持つのとは反対の手を掴み、無理矢理犬に触れさせんのも、三橋には内緒のシナリオだ。
「カメラ回ってるよ」
 スタッフの小声での注意に、往生際の悪い三橋が抵抗を緩める。
 背中にタッチさせた直後、小型犬が尻尾降りながら三橋に飛びついて来ちまったのは、完全にアクシデントだったけど……ディレクターが満足そうにしてたから、きっといい画が撮れたんだろう。

 動物園なんて、ガキの頃の遠足でしか行った覚えねーけど、三橋と一緒なら楽しめる。
 TVのロケなんてかったるいと思ってたけど、三橋と一緒なら悪くねぇ。
 オレにとってのメインは、夜のアレコレで揺るぎねぇけど、素直な三橋の可愛い反応を満喫できて、今も十分楽しめた。

 一方の三橋は、動物園での犬ショックと、自分の失態へのショックとで、もうすでにフラフラらしい。
 次のロケ地、紅葉スポットまで移動するロケ車の中で、録画映像を見ながら頭を抱えてた。
「こ、こ、こ、この辺、は、カット! でっ!」
 ディレクターに懇願してたけど、残念ながらスタッフの方が1枚も2枚も上らしい。
「はいはい、次行くよー」
 そんな風に軽く躱され、うぐっと言葉に詰まってる。
「可愛かったぞ」
 今も可愛い。
 頭を撫でながら顔を覗き込み、笑いかけてやると、またじとっと睨まれた。

「嬉しくない、です……」
 薄い唇をとがらせて、拗ねてる様子もほら、可愛い。
 2人きりなら、とうにベッドに連れ込んで、もっと可愛い顔を堪能してるだろうタイミング。拗ねまくってる顔を見んのは新鮮で、ますます夜が楽しみになった。

 紅葉スポットの公園に来た後も、三橋の動揺は収まってなかった。
「い、犬、いませんよね? もうホント、やめてくだ、さい」
 スタッフへの不信感をあらわにしつつ、キョドキョドと周りをチェックしてて、毛を逆立てた猫みてーで可愛い。
 ただ本番前だけど、もうカメラが回ってんのに気付いてねぇらしい。
 勿論、犬の仕込みはなかったけど――。
「ワン!」
 後ろから吠え真似をしてやると、見事にビキイッと固まって、ワリーけど笑えた。
「ははははは、お前、ビビり過ぎ」
 笑うオレに、三橋が「もお」つってぐーで胸を叩いて来る。
 真っ赤な顔で、涙目で、怒ってて可愛い。ぽかぽか殴られたけどちっとも痛くなくて、何つーか役得だ。付き合ってまだそんな経ってねーけど、大分オレに慣れたよな。

「はいはい、遊んでないで。三橋君、本番」
 ディレクターの言葉に文句を言おうとして、でも何も言えなくて、はくはく口を開け閉めする三橋。
「10秒前、8、7、6……」
 カウントが始まるとともに、気を取り直して背筋を伸ばし、アナウンサーの顔になる。
 ただ、動揺をなかったことにできる程、まだ経験を積んでねぇみてーで……。
「こちらは、伊じゅ……伊じゅ半島、の……すみま、せん」
 思いっきり噛んで、がっくりと謝る。アナウンサーとしてはダメダメだけど、そんな様子も好きだった。

(続く)

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